ロシアにおける契約締結上の過失(交渉の不当打切り)

日本では、契約を締結しなくとも、契約締結上の過失というものが認められています。つまり、「取引を開始し契約準備段階に入ったものは、一般市民間における関係とは異なり、信義則の支配する緊密な関係に立つのであるから、のちに契約が締結されたか否かを問わず、相互に相手方の人格、財産を害しない信義則上の義務を負うものというべき(最判昭和59年9月18日より引用)」であり、かかる義務違反により相手方に損害を及ぼした場合には、契約締結に至らなくとも契約責任としての損害賠償義務を負うことがあります。
実は、ロシアでもこのような、契約締結上の過失があるので、ロシアに進出をする予定の企業、あるいは既に進出をしている企業は、契約を締結しなければ金銭的負担はないと高を括ることなく、慎重に交渉に臨むべきであるといえます。

ロシアにおいて、契約締結上の過失が問題となった最高裁の事案(Дело номер А40-9875/2018)があるので、今回はこの事案を紹介したいと思います。

事案の概要

ある男性は、フィットネスクラブを購入する予定で交渉を継続していたにもかかわらず、売主側から突然、交渉を打ち切られました。売主はより良い条件で他の人にフィットネスクラブを販売したのです。そこで、男性は、交渉に要した弁護士の費用、フィットネスクラブを所有することとなる法人の登録費用等を損害として、売主側に裁判上、請求をしました。
男性は、他の競合がいるのであれば、売主はその競合に対する条件を自分に明らかにするべきであったにもかかわらず、突然、交渉を打ち切るの不適法であると主張したのです。

最高裁判所の判断

これに対して、最高裁判所は次のような判断しました。
そもそも交渉をするかどうかは当事者の自由意思に委ねられている以上、交渉に要した費用はお互いが各々の費用を負担することになるのが原則です。そのため、結果として、契約が締結されなかったとしても、相手方の交渉段階の費用を他方が必ず負担する関係にはありません。
もっとも、信頼を損ねるような対応を採った場合には、交渉段階の費用も支払う必要性がでてきます。そして、この信頼を損ねる対応とは、ロシアの民法(Гражданский кодекс)434.1条によると、具体的に以下のようなものが挙げられます。
(1)情報の一部のみを開示すること(契約締結に大きな影響を与える事実は相手方に伝えなければならない)。
(2)相手方に対して不意打ちとなる形で交渉を突然、打ち切ること。
そして、この(2)に関しては、交渉段階の当初から契約を締結しないことが明らかである場合、又は交渉段階の当初は契約を締結する意思はあったが、途中から締結する意思がなくなったことが明らかになったにもかかわらず、それを相手方に伝えることなく交渉を継続した場合の2つにさらに分かれます。
なお、信頼を損ねる対応でなかったことの立証責任は、契約を打ち切った側にあります。
そのうえで、この事案においては、請求を棄却した原審の判断は事実不十分ということで差戻されました。

分析

分析として、信頼を損ねるような対応を採った場合には、交渉段階の費用を請求することができますが、請求できる点はあくまで信頼利益のようです。つまり、契約をしたことで得られる利益たる履行利益は請求が困難であり、すでに契約締結に向けて支出した金銭を損害として請求することができるにとどまるようです。この損害の範囲も日本と共通点を見出すことができる点は興味深いといえます。

参考

Верховный суд разъяснил вопросы преддоговорной ответственности сторон
Коллегия по экономическим спорам Верховного суда объяснила, когда сторонам, ведущим переговоры о предстоящей сделке, придется ответить за отказ от нее. Также ВС...

!http://www.consultant.ru/document/cons_doc_LAW_195783/4d725b4b8a2e12950cab243e7a307755937c6e13/