インターネットが普及した現代社会、自分が知らないところで自分の評判が書かれることはよくあるのではないでしょうか。
今回は、自分の悪い評判をインターネットで書かれ、裁判でそれが争われたあるロシアの事案(Определение Верховного Суда РФ от 12 декабря 2019 года N 14-КГ19-15)を紹介したいと思います。
事案の概要
この事案はある女性医師に関するものです。ロシアには、約636,250名の実務家医師をまとめた“お医者さんの口コミサイト”というものが存在します。この口コミサイトでは、医者のプロフィールとして名前、役職、職場などが公表され、それぞれの医師に匿名で(例えば、治療を受けたと称する患者などが)その医師の評判を書き込むことができるようになっています。なお、医師のプロフィールに使う情報は、病院の公式サイトから引用された情報となります。
そして、この口コミサイトに、女性医師は患者と称する匿名の者から悪い評判を書かれたのです。
原告の請求
悪い評判を口コミサイトで書かれた女性医師は、悪い評判が書かれたことに気がつき、口コミサイトに対して、情報の削除を要請しました。もっとも、口コミサイト側はかかる削除要請を拒否しました。
そこで、女性医師は、彼女の同意なしに彼女の個人情報を用いてプロフィールの作成を行ったうえで、匿名で彼女の悪い評判がサイトに記載されたことは、個人情報を公開されず平穏に生活する権利(Право на защиту частной Жизни, включающее защиту персональных данных)を侵害するものであると主張して、裁判所に提訴しました。
裁判所に訴えた内容は、具体的には、①個人情報の使用の差止め、②プロフィールの削除、③口コミサイト側が削除要請を拒否し、個人情報の使用を止めなかったことに対する150,000ルーブルの慰謝料、でした。
原審の判断
第1審と控訴審は、ロシアの報道に関する法律(Закон Российской Федерации от 27 декабря 1991 года N 2124-1 “О средствах массовой информации ‘’)41条には、医者に関する個人情報が拡散してはいけない情報の中には含まれてない以上、ロシアの個人情報法(Федеральный закон “О персональных данных” от 27.07.2006 N 152-ФЗ )第1章6条8項に基づき、ジャーナリストやメディアは人の権利や正当な利益を侵害しない限り、個人情報の活用ができる、との論理を示しました。
そのうえで、今回の口コミサイトはあくまで医療に関する情報を社会に提供するためのものであり、医者に害を与えるためのものではないため、正当な個人情報の活用の範囲内の行動であると判示し、口コミサイト側を勝訴させました。
最高裁の判断
これに対し、最高裁(破棄審)は上述の原審とは異なる判断をしました。
ポイントとしては、最高裁はあくまで原告と被告の権利が衝突しているケースであることを重視した点にあります。
原告には、私生活および家庭生活の尊重についての権利がロシア憲法(Конституция Российской Федерации)第1章23条および欧州人権条約8条で保障されているのに対し、被告には、メディアに関する権利、つまり表現の自由がロシア憲法第4.5章29条および欧州人権人権条約10条で保障されています。
そのうえで、両者の正当な権利が衝突している以上、最高裁は諸般の事情を総合考慮して、どちらの権利を優先させるべきかを判断すべきであるとしました。そして、諸般の事情としては、具体的には、社会にとっての情報の重要性、情報が書かれた人の知名度、公表された情報の内容、公表形式、公表後の影響、情報の取得方法、情報の正確性などを示したうえで、今回の原審はこれらの事情を十分に考慮していないとして、原審に差戻しをしました。
ポイント
重要な権利が衝突したときにどちらの権利を優先させるかは、非常に難しい問題であり、簡単には結論を出せません。
日本では、Google検索結果削除請求事件(最判平成29年1月31日)において、「検索事業者自身による表現行為・情報流通の基盤としての役割」と「プライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益」とを比較考量し、後者が優越することが明らかな場合に削除請求を認めるという立場をとっています。
このような場合に、比較衡量で判断しているのはロシアも同じですが、今回は考慮不尽で差し戻すにとどまったため、最終的な枠組みが示されていません。引き続きウォッチしていきたいと思います。