私的自治の原則

定義・趣旨

 私的自治の原則とは、「個人が他者からの干渉を受けることなく、自らの意思に基づき、自らの生活関係を形成することができる」という原則です。

公法と私法 〜憲法の私人間効力〜

 かつて、憲法・行政法といった公法と、民法や商法といった私法とを厳格に分離する「公法私法二分論」が隆盛だった時期がありました。しかし、両者の境界の不明確性と、二分することの意義が少ないことから、現在では、公法私法二分論が声高に主張されることはあまりありません。

 もっとも、「私的自治の原則」により、私人間の関係はまず各人の取り決め、すなわち、契約が支配するというルールはいまだに存在しています。だからこそ、憲法において「私人間効力」という論点が重要な問題として存在するのです。
 国家や地方公共団体が主体となる場面(たとえば、公共施設の利用許可や土地収用等)においては、まず、主体たる国家等が従うべきルール(憲法・法律)にきちんと従っているかが問題となります。
 他方で、私人間においては、私的自治の原則に基づき、原則として個別の契約が民法等に定められた原則をいわばオーバーライド(上書き)します。弁護士に法律相談をされる際に「具体的な契約書をみないと最終的な結論は出せない」と言われた経験がある方もいらっしゃるかもしれませんが、これはまさに、このような原則が働いているからなのです。
 このように私的自治の原則が支配する私人間の世界には、憲法(多くの条文の名宛人は国家等の公権力)の規律を直接持ち込むことはできません。もっとも、私的自治の原則が支配する私法の世界であっても、完全に自由というわけではなく、公序良俗に反する契約は無効となります(民法90条)。そこで、私的自治を制限する民法の一般規定の中に、憲法で定められた各規範の趣旨を読み込むという、憲法の私人間効力の議論が生まれてくるわけです。

民法
(公序良俗)
第九十条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

契約の場面での具体化 〜契約締結自由の原則〜

 私的自治の原則を契約の場面で具体化したのが、「契約締結自由の原則」です。

 2020年4月に改正された民法では、521条1項に「何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる」という規定が新設され、契約自由の原則を確認する規定が設けられました。もちろん、基本的な原則であったために旧法では規定が設けられていなかっただけであって、旧法においても契約自由の原則は当然に存在していました。

民法
(契約の締結及び内容の自由)
第五百二十一条第1項 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。

 なお521条1項で「法令に特別の定めがある場合を除き」とあるように、例えば医師法19条1項(医師の応召義務。診療治療の求めがあった場合に、正当な理由がなければ、これを拒むことができない)のような規定がある場合には、当事者の意思に関わらず契約を締結しなければならないことがあります。これは、特に重要な法益である生命・身体等の保護が必要な場合の例外です。

医師法
第19条 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

相手方選択の自由

 契約締結自由の原則の内容の1つが、相手方選択の自由です。何人も契約の相手方を自由に選択することができます。

方式の自由

 方式の自由も、契約締結自由の原則の1つです。どのような方式であっても、契約を締結することができます。契約は、原則として意思の合致だけで成立します(諾成主義)。これは、英米法圏のような方式主義をとる地域とは異なる、日本法の特色です。

 ただし、弱い立場にある者を保護するため等の目的で、例外的に特定の方式が求められる場合があります。例えば、保証契約(民法446条2項・3項)や諾成的消費貸借契約(民法587条の2)においては、書面が必要とされます。

民法
(保証人の責任等)
第四百四十六条 保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う。
2 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。
3 保証契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。

(書面でする消費貸借等)
第五百八十七条の二 前条の規定にかかわらず、書面でする消費貸借は、当事者の一方が金銭その他の物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物と種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約することによって、その効力を生ずる。
2 書面でする消費貸借の借主は、貸主から金銭その他の物を受け取るまで、契約の解除をすることができる。この場合において、貸主は、その契約の解除によって損害を受けたときは、借主に対し、その賠償を請求することができる。
3 書面でする消費貸借は、借主が貸主から金銭その他の物を受け取る前に当事者の一方が破産手続開始の決定を受けたときは、その効力を失う。
4 消費貸借がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その消費貸借は、書面によってされたものとみなして、前三項の規定を適用する。

内容形式の自由

 521条1項に並んで2項に規定された内容形式の自由も、契約締結自由の原則の1つです。契約の当事者は、契約の内容を自由に決定することができます。

民法
(契約の締結及び内容の自由)
第五百二十一条 
2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。

 これの例外、すなわち「法令の制限」というのが、前述した公序良俗(民法90条)や不当条項(消費者契約法10条)です。

消費者契約法
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第十条 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

手続法における転化 〜処分権主義・弁論主義〜

 以上、実体法における契約自由の原則についてお話しましたが、この原則が手続法に反映されたのが請求レベルの処分権主義や主張レベルの弁論主義であるという説明がされることがあります。

 民事訴訟法で、処分権主義と弁論主義についてお話する際に、詳しくご説明したいと思いますが、要するに、裁判所が関与して私人間の法律問題の解決をつけるのは、当事者が判断の対象にすることを望んだ請求と事実だけであるということです。