前回の記事で、契約を締結しなくとも、契約を締結する交渉プロセスにおいて、信頼を損ねるような対応での契約の打ち切りを行った際には、交渉に要した費用を相手方に請求できるというロシア民法(Гражданский кодекс)434.1条に関する情報を皆さんと共有しました。
今回は、この交渉中の費用請求のロシア実務の現状についてお話をしたいと思います。
ロシアにおける状況
現状、2015年~2019年において交渉中の費用請求がなされた事案は75件であり、あまり数が多くない印象を受けます。この理由は、この民法434.1条がそもそも2016年に新設された条文であり、それ以前は民法の別の条文の解釈から導き出して請求を定立していたことにあるといえます。もちろん条文が新設されたことで、徐々にではありますが、交渉中の費用請求をする事案は増えてきています。中でもロシアでよく問題となるケースは、賃貸借契約における賃料交渉、落札をしたにもかかわらず売主が物を売ってくれない場合等のようです。
認容された事例
そのうえで、実際に上記75件で請求が全部認容されたケースは実は「わずか11件のみ」となっています。これは、やはりかかる請求が認容されるための立証のハードルが少し高すぎるのではないかということがロシアの法律家の中では分析がされているようです。
それもそのはずです。なぜなら、かかる請求が認容されるためには、交渉の経緯を丁寧に立証することに加え、信頼を損ねる行為と裁判所に認定される必要があり、交渉自由の風潮の中で、信頼を損ねる行為とまでは認定できないケースが多いからだといえます。
また、ロシアの裁判実務において、人証よりも物証を重視する傾向にあることも全部認容の事案が少ないことの理由として挙げられます。契約が締結され、契約書が存在するのとは異なり、交渉段階では流動的な会話が多く、物証が残っているケースが少ないからこそ、交渉中の費用請求は全部認容を得るのが難しいのが現状です。
ポイント
では、どのように物証を獲得していけばよいのでしょうか。
この点、立証の方針として参考にできる最高裁の判例(Дело номерА41-90214/2016)があります。この判例においては、交渉過程が全てメールで提出されたことが大きなポイントであり、最高裁も交渉過程がこれらのメールからはっきりと認定できるとして、交渉中の費用請求を全部認容されました。
この判例から学べることとしては、ビジネスの世界では口頭でのやりとりも多くあります。もちろん、全ての会話を録音することに越したことはありませんが、録音ができない場合には、会議等が終わった後に、メールで交渉内容を記載し、最後に「このような理解でよろしいでしょうか」との記載をし、相手方からメール内容に同意することを促す方法により、万が一、契約が締結されずに終わった場合にいつも備えておくことが重要となると私は分析します。
特に、企業間の交渉になると交渉費用も多額に上ることもよくあると思いますので、企業の方は気を付けていただければと思います。