強制処分法定主義

定義・趣旨

 強制処分法定主義とは、刑事訴訟法197条1項に定められた、「強制の処分」は、刑事訴訟法に特別の定めのない限り、行ってはならないという原則のことです。

刑事訴訟法
第197条第1項 捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。

 刑事訴訟法において、特に重要な原則であり、憲法で有名な京都府学連事件や、平成29年に話題になったGPS捜査違法判決も、決め手は強制処分法定主義でした。

「法律の留保」のコロラリー

 罪刑法定主義の位置づけを考える際に思い出したいのが、憲法・行政法で学んだ「法律の留保」です。そこでは「侵害留保説」といったことを学びましたが、「権利を侵害するには、法律の根拠がなければならない」というのが法律の留保の内容でした。個人主義をベースとした立憲民主主義国家においては、個人の権利を侵害するには、主権者たる国民が定めた法律に基づく必要があるということでした。

 実は、刑事訴訟法も、法律の留保のコロラリーと捉えることができます。刑事訴訟法が捜査に関してその規律の対象とするのは、主に警察官と検察官ですが、その両者も公権力の主体であることは言うまでもありません。ですから、例えば捜査のために必要だからといって、拘束して長時間の取り調べするといったことや、むりやり注射針を指して採血をするといったようなことは、移動の自由や身体の自由といった権利利益を侵害するものであり、何ら根拠なく行うことは許されません。

 ですから、このような意味で、強制処分法定主義は、捜査活動における法律の留保を言い換えたものと見ることもできるわけです。

 もっとも、法律の留保と強制処分法定主義はかならずしもイコールで結ぶことができるものではありません。

 なぜならば、「法律の留保」ということに限れば、197条1項但書が「捜査については、その目的を達するために必要な取調をすることができる」と定めていることから、それで足りるということになりうるからです。

 しかしそれでもあえて、刑事訴訟法197条1項但書が強制処分法定主義を定めているのは、犯罪の捜査活動においては、歴史的にもしばしば重大な人権侵害が引き起こされてきたことを踏まえ、さらに厳格な規律が必要だからだと考えることができます。つまり、法律の留保を、捜査の場面でさらに強化し、厳格化したのが強制処分法定主義なのです。

「強制の処分」とは

 それでは、強制処分法定主義の対象たる「強制の処分」とは何を指すのでしょうか。

昭和51年決定

 これについては、昭和51年決定という重要な判例が存在します。そこでは、次のような判示がなされました。

最決昭和51年3月16日刑集30巻2号187頁
「強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであって、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合がある」

 この判示のうち、「個人の意思を制圧し」と「身体、住居、財産等に制約を加えて」ということに着目して、意思制圧説という立場が生まれました。

 もっとも、近年では通信傍受等の捜査手法の多様化が進んだことから、この判示をそのままあてはめると、本来強制処分として厳格な規律を及ぼすべき捜査手法をカバーすることができないことになってしまいます。通信傍受や写真撮影等の手法においては、「意思を制圧している」とまでは言い切れないからです。

 そこで、現在は「相手方の明示または黙字の意思に反して、重要な権利・利益を実質的に侵害・制約する処分」として「強制の処分」の意味を解するのが通説になっています。

 実際に、平成29年のGPS判例においても、昭和51年決定を引きながら、通説的な解釈をすることによって、GPS捜査を「強制の処分」であるとしています。

「個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に密かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する操作手法であるGPS捜査は、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、刑訴法上、特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる(最高裁昭和51年3月16日大三小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)」

強制処分該当性について判断した後の処理

 上記の「重要権利利益実質的制約説」とでも言うべき立場に基づけば、「強制の処分」に該当するか否かを判断することができます。もっとも、「強制の処分」か否かを判別しただけでは、当該行為が違法か適法かを考えることができません。

 もし、「強制の処分」に該当するのであれば、その根拠となる条文が刑事訴訟法の中にあるかを確認します。根拠条文があれば、そこに定められた手続を履践していれば適法に強制処分を行ったということになります。また、GPS捜査のように根拠条文がない場合には、強制処分法定主義(197条1項但書)に反して強制処分を違法に行ったということになります。なお、根拠条文に定められた手続(例えば、令状呈示)を履践していなかったという場合には、強制処分法定主義違反というよりも、手続違反で違法ということになるでしょう。

 他方で、「強制の処分」に該当しないのであれば、それは任意処分であるということになります。もっとも、任意処分であっても無制約に許されるわけではありません。197条1項本文が「その目的を達するため必要な取調」と定めていることや、法の一般原則である比例原則を根拠とした「捜査比例の原則」が働きます。捜査比例の原則に関する判断については、別途詳しく説明しますが、任意処分の必要性・緊急性と任意処分によって失われる権利・利益とを比較して相当性の判断を行うことになります。捜査比例の原則を満たしていれば当該任意処分は適法になり、満たしていなければ違法になります。