サステナブルファイナンスの潮流が債券市場から資産運用全体へと広がる中で、ESG投資ファンドは個人投資家から機関投資家まで、幅広い層の資金を集める巨大な市場へと成長しました。これらのファンドは、財務的なリターンと並行して、環境や社会に対するポジティブなインパクトを追求することを謳い、投資を通じてより良い未来を築きたいと願う人々の受け皿となっています。しかし、その急成長の影で、ESG投資ファンドは「グリーンウォッシング」という深刻な問題を抱え込んできました。
ファンドの名称に「サステナブル」や「グリーン」といった言葉を掲げながら、その実態が伴っていないのではないかという疑念は、投資家の不信感を招き、市場全体の信頼性を揺るがします。これに対し、米国証券取引委員会(SEC)はついに重い腰を上げ、ESG投資ファンドの透明性を確保し、グリーンウォッシングを根絶するための包括的な規制改革に乗り出しました。
1. グリーンウォッシングの温床:曖昧さが生むリスク
ESG投資ファンドにおけるグリーンウォッシング問題の根源は、「ESG」という言葉そのものの定義の曖昧さにあります。債券と異なり、ファンドは多種多様な企業の株式や債券をポートフォリオに組み入れるため、その「ESG性」を客観的かつ統一的な基準で評価することは極めて困難です。
国際資本市場協会(ICMA)の分析によれば、ファンド業界におけるグリーンウォッシングは、いくつかの要因が複合的に絡み合って発生してきました。
- 投資手法の不透明性: ESGを投資プロセスに「統合(integration)」するとうたいながら、具体的にどのようにESG要因を評価し、それが投資判断にどう影響したのかが不明確なケースが多いです。
- 安易なマーケティング: 競争の激化に伴い、十分な運用体制が整わないまま、流行のESGという言葉をファンド名に冠してしまうことがあります。
- 未成熟な規制環境: これまで、ファンドのESGに関する主張を検証するための明確な法的基準が存在しませんでした。
こうした状況は、投資家がファンドの実態を誤認するリスクを生み出しました。例えば、あるファンドが「ESG」を名乗りながら、ポートフォリオを詳しく見ると、環境負荷の高い企業の株式を多く保有していたり、労働問題に関する評価が低い企業に投資していたりするケースが散見されました。モーニングスター社が2022年に、欧州のサステナブルファンドのリストから1,200本以上(運用資産総額1.4兆ドル)を除外したという事実は、この問題の深刻さを物語っています。
2. SECの規制改革:透明性と説明責任の徹底
投資家保護を使命とするSECは、この混乱状況を看過できず、2022年5月、ESG投資ファンドに関する2つの重要な規則改正案を公表しました。これらの提案は、ファンドマネージャーに対し、自らのESGに関する主張を明確に定義し、その実行を客観的な証拠で裏付けることを求める、包括的な規制強化策です。
① ファンドの分類と階層的な開示
第一の規則案は、ESGファンドをその戦略の意図と実態に応じて3つのカテゴリーに分類し、それぞれ異なるレベルの開示を求めるものです。
- インテグレーション・ファンド(Integration Funds): ESG要因を、他の多くの非ESG要因と並行して考慮するファンド。これらのファンドは、ESGを投資戦略の中心に据えているわけではないため開示は限定的ですが、その代わり、ファンド名に「ESG」という言葉を使うことは禁止されます。
- ESGフォーカス・ファンド(ESG-Focused Funds): ESG要因を投資戦略の重要な(significant)要素とするファンド。これらのファンドは、標準化された「ESG戦略概要テーブル」を用いて、その投資戦略を詳細に開示する必要があります。
- インパクト・ファンド(Impact Funds): ESGフォーカス・ファンドの中でも、特定の環境・社会的インパクトを達成することを目指すファンド。これらのファンドは、目標とするインパクトを具体的に記述し、その進捗を測定・報告する方法を開示するという、最も厳格な開示義務を負います。
この階層的なアプローチは、投資家がファンドの「濃淡」を正確に理解し、自らの期待と合致する商品を選択できるよう支援することを目的としています。
② ファンド名称規則(Names Rule)の近代化
第二の規則案は、長年存在してきた「ファンド名称規則」をESGの時代に合わせて近代化するものです。現行の名称規則は、ファンド名が特定の投資対象を示唆する場合、その資産の80%を当該対象に投資することを義務付けています。
改正案は、この「80%ルール」を、「ESG」「サステナブル」「低炭素」といった、特定の投資特性を示唆する名称を持つファンドにも明確に適用するものです。これにより、「ESGファンド」を名乗るファンドは、その資産の80%を、自らが定義するESGの投資基準を満たす証券に投資し続けなければならなくなります。さらに、この80%ルールの遵守状況を四半期ごとに確認し、逸脱した場合には原則90日以内に是正することを義務付けるなど、継続的なコンプライアンスを確保するための仕組みも導入されます。
3. ファンドマネージャーと法務部門へのインプリケーション
SECとDOLによるこれらの規制改革は、ESG投資ファンドを運用するマネージャーとその法務・コンプライアンス部門に、新たに誠実な対応を求めるものです。
- 「言うこと」と「やること」の一致の徹底: SECの執行事例が示すように、規制当局が最も重視するのは、ファンドが投資家に対して約束したこと(Say)と、実際に行っていること(Do)が完全に一致しているかです。法務部門は、マーケティング資料、目論見書、ウェブサイトといったすべての開示文書の内容が、実際の投資プロセスやポートフォリオ構築といった運用実務と寸分違わず整合していることを、継続的に検証する厳格なプロセスを構築しなければなりません。
- ESGの定義とプロセスの文書化: 「ESG」「サステナブル」といった言葉を自社のファンドでどのように定義するのか、どのようなデータソースや評価手法を用いて投資対象を選別するのか、そのプロセス全体を詳細に文書化し、規制当局による検証に耐えうる記録を保持することが不可欠となります。
- 内部コンプライアンス体制の強化: SECの調査官は、企業のコンプライアンス・プログラムが、ESG関連の不正確な開示やマーケティングを防止するために「合理的に設計され、実施されているか」を精査します。ESG投資に関する方針・手続規程を整備し、従業員へのトレーニングを徹底し、そして定期的な内部監査を通じてその有効性を検証することが求められます。
- パフォーマンス報告の慎重な取り扱い: 過去の投資におけるESGインパクトを報告する際には、特定の成功事例だけを「つまみ食い(cherry-picking)」することなく、全体として公正でバランスの取れた情報提供を心がけなければなりません。また、過去のインパクトが将来の成果を保証するものではないことを明確に注記する必要があります。