国際的な契約交渉・M&A・ソフトウェアライセンス契約・オンラインサービスの利用規約等、私たちは日常的にアメリカの法制度、とりわけ「契約法」のルールが適用される世界に身を置いています。日本の民法もその一部をアメリカから継受しているとはいえ、私達にとっても、アメリカの契約法は独特の論理と歴史を持っています。
アメリカ契約法の根底にあるのは、「法的に強制可能な約束(a legally enforceable promise)」というシンプルな定義です。しかし、この「約束」が、いかにして法的な拘束力を持ち、契約(Contract)へと昇華するのか。そのプロセスは、日本法とは大きく異なる発想に基づいています。
最大の違いは、アメリカ契約法が「コモンロー(Common Law)」、すなわち判例法をその中核に据えている点にあります。日本の民法典のように、網羅的な条文が存在するわけではありません。その代わり、何世紀にもわたる裁判官たちの判断の積み重ねが、契約に関するルールを形成してきました。それぞれの判例が、具体的な紛争を解決する中で、契約とは何か、約束はいつ守られるべきかという問いに答えを与えてきたのです。
とはいえ、判例だけが法源ではありません。特に、物品の売買取引においては、全米各州で統一的に採用されている「統一商事法典(Uniform Commercial Code, UCC)」が絶大な影響力を持っています。また、法律そのものではありませんが、アメリカ法律協会(American Law Institute)が編纂した「契約法リステイトメント(Restatement of Contracts)」は、全米の裁判官や法律家が参照する最も権威ある解説書として、コモンローの発展に大きな役割を果たしてきました。
第1部 契約の成立
第3章 約因・禁反言(Promissory Estoppel)