第8章:ESGとアクティビスト対応

アメリカのコーポレート・ガバナンスにおいて、取締役会と経営陣の意思決定に影響を与える最も強力な外部からの力、それが株主アクティビズムです。伝統的に、物言う株主(アクティビスト)の目的は、自社株買いや事業売却といった財政的な要求を通じて、短期的な株主価値を最大化することにありました。しかし、ESGが経営の主流となる中で、株主アクティビズムの様相は変化してきました。今日の株主アクティビズムは、企業の気候変動戦略・人権・労働慣行・取締役会の多様性といった、ESGの核心に関わる課題を正面から問い、企業に変革を迫る最大の駆動力となっています。

その手法は、株主総会での穏やかな提案から、経営陣の交代を求める熾烈な委任状争奪戦(プロキシーファイト)まで多岐にわたります。もはや、ESGに関する株主の声を取締役会が無視することは、経営判断の原則の下で許容される裁量の範囲を超え、深刻なガバナンス不全と見なされかねません。

株主アクティビズムによって、ESGは単なる企業の自主的な取り組みから、株主に対する説明責任(アカウンタビリティ)が問われるガバナンスの核心的課題へと変貌しつつあります。

1. 法的枠組み:株主提案権を定めるSEC規則14a-8

アメリカにおける株主アクティビズムの最も基本的かつ広範なツールが、SEC規則14a-8、通称「株主提案ルール」です。このルールは、一定の条件を満たす株主に対し、自らの提案を会社のプロキシーステートメント(株主総会招集通知)に掲載させ、他の全株主の投票に付託する権利を保障するものです。これにより、個人株主や小規模な機関投資家であっても、比較的低コストで、企業の経営方針に対して直接的な問題提起を行うことが可能になります。

株主提案の要件

株主がこの権利を行使するためには、以下の適格要件手続要件を満たす必要があります。

  • 適格要件(保有株式): 提案を行う株主総会の基準日を通じて、議決権のある株式を、(a)2,000ドル以上を3年以上、(b)15,000ドル以上を2年以上、または(c)25,000ドル以上を1年以上、継続して保有している必要があります。
  • 手続要件: 提案は、付随する支持表明書を含めて500ワード以内に収めなければならず、一回の株主総会につき一提案しか提出できません。また、会社が定める期限内に提出する必要があります。
会社による提案の除外

会社側は、受け取った全ての株主提案を掲載しなければならないわけではありません。規則14a-8は、会社が提案をプロキシーステートメントから除外できる13の substantive bases(実質的理由)を定めています。ESGの文脈で特に重要となる除外理由は以下の通りです。

  • 通常の事業運営(Ordinary Business): 会社の日常的な事業運営に関わる問題に関する提案は除外できます。ただし、その問題が重大な社会政策上の課題を提起する場合には、この例外は適用されません。近年のSECの解釈では、多くのESG課題がこの「重大な社会政策上の課題」に該当するとされ、この除外理由の適用範囲は狭まる傾向にあります。
  • 実質的に実施済み(Substantially Implemented): 会社がすでに提案の「本質的な目的(essential objective)」を実施している場合。
  • 重複(Duplication): 同じ株主総会で審議される他の提案と実質的に重複する提案。
規則改正の動き

2022年7月、SECは規則14a-8の改正案を公表しました。この改正案は、会社が提案を除外する際のハードルを上げることを目的としており、特に「実質的に実施済み」「重複」「再提案」の解釈を厳格化するものです。この改正が施行されれば、企業がESG関連の提案を除外することは一層困難になり、株主アクティビズムはさらに活発化することが予想されます。

2. ESG株主提案の隆盛とトレンドの変化

2020年代に入り、株主提案のテーマは劇的に変化しました。伝統的なガバナンス課題に代わり、ESG、特に環境(E)と社会(S)に関する提案が圧倒的な主流となりました。2022年の株主総会シーズンでは、S&P1500社に提出された株主提案のうち、実に63%がE&S関連のテーマで占められました。

その内容は、年々具体的になっています。

  • 環境関連: 当初は気候変動リスクに関する情報開示を求めるものが中心でしたが、近年では、パリ協定の目標と整合的な、科学的根拠に基づくGHG排出削減目標(SBT)の設定、国際エネルギー機関(IEA)のネットゼロシナリオが自社の財務に与える影響の分析など、より踏み込んだ戦略的な行動を求める提案が増加しています。
  • 社会関連: 従業員の人種間・ジェンダー間の報酬格差の開示、サプライチェーンにおける強制労働リスクの評価といった伝統的なテーマに加え、人種的公平性監査(racial equity audit)公民権監査(civil rights audit)の実施、職場文化の問題など、時代を反映した新たなテーマが次々と登場しています。

3. ESGアクティビズムを動かす主要プレーヤー

現代のESGアクティビズムは、それぞれ異なる動機と影響力を持つ、多様なプレーヤーからなる複雑なエコシステムによって動かされています。

① 機関投資家:静かなる巨人

ESGアクティビズムの成否を最終的に決定づけるのは、ブラックロック、バンガード、ステート・ストリートといった巨大な機関投資家です。彼らは、主要な上場企業の株式の大部分を保有しており、その議決権行使の動向は、株主総会の結果を左右します。これらの機関投資家は、スチュワードシップ責任の一環として、投資先企業とのエンゲージメント(対話)議決権行使を通じて、ESGパフォーマンスの向上を促す方針を明確にしています。

② 議決権行使助言会社:影響力のあるアドバイザー

多くの機関投資家は、議決権行使の判断をISS(Institutional Shareholder Services)グラス・ルイス(Glass Lewis)といった議決権行使助言会社に大きく依存しています。近年、これらの助言会社は、その評価基準にESGの要素を大幅に組み込んでおり、彼らの推奨は機関投資家の投票行動に絶大な影響を与えます。

③ 新世代アクティビスト・ファンド:対決を厭わない変革者

ESGアクティビズムの風景を最も劇的に変えたのが、ESGを投資戦略の中核に据える新世代のアクティビスト・ファンドの登場です。その象徴が、2021年に石油メジャーのエクソンモービルに対して歴史的な勝利を収めた「Engine No. 1」です。エンジンNo.1は、わずか0.02%の株式しか保有していなかったにもかかわらず、「エクソンの現行戦略は、エネルギー転換の時代において長期的な株主価値を破壊する」という説得力のある物語を提示し、大手機関投資家の支持を獲得して、3名の取締役を送り込むことに成功しました。

4. 企業の戦略的対応:対話、交渉、そして防衛

ESG関連の株主提案に直面した企業は、いくつかの戦略的な選択肢を持ちます。

  • 除外の試み(ノーアクション・レター): 提案が規則14a-8の除外理由に該当すると判断した場合、SECにノーアクション・レターを請求します。しかし、近年、SECはこの戦略の成功率を低下させています。
  • 交渉による取り下げ: 提案者と直接対話し、彼らの懸念に対処する行動を約束する見返りに、提案を取り下げてもらう。これは、公開の場で対決を避けるための最も一般的な手法です。
  • プロキシーステートメントでの反対推奨: 交渉が決裂した場合、取締役会はプロキシーステートメントの中で、提案に反対するよう他の株主に推奨します。
  • 積極的なエンゲージメント: 最も重要なのは、株主総会シーズンだけでなく、年間を通じて主要な株主と対話を続けることです。

5. 潮流の変化:支持率の低下と「反ESG」の台頭

ESG株主提案の勢いはとどまるところを知らないように見えますが、その内実には微妙な変化も見られます。

2022年の株主総会シーズンでは、E&S関連提案への平均賛成率は前年よりも低下しました。その一因として指摘されているのが、提案内容の「過度な規範性(overly prescriptive)」です。情報開示を求める提案は依然として高い支持を得る一方で、具体的な事業戦略にまで踏み込む提案に対しては、多くの機関投資家が反対票を投じました。

もう1つの注目すべき動きが、「反ESG」を掲げる株主提案の増加です。保守系のシンクタンクなどが、企業のDE&Iプログラムや気候変動対策に異議を唱える提案を提出しています。現時点では、これらの提案が獲得する賛成率は極めて低いですが、ESGをめぐる議論が、アメリカ社会の政治的な分断を色濃く反映する、新たなイデオロギー闘争の舞台となりつつあることを示唆しています。