第8章 仲裁判断の効力と救済

前章では、「仲裁判断」の作成に至るプロセスを詳述しました。仲裁判断は、当事者間の紛争に対する仲裁廷の最終的な回答であり、仲裁手続全体の成果物です。しかし、仲裁判断が作成され、当事者に通知されたとしても、まだ完全には終わりません。その文書が法的にどのような意味を持ち、どのような力を有するのかを理解しなければ、紛争の真の解決には至らないからです。

本章では、仲裁判断が下された後に生じる二つの根本的な問いに焦点を当てます。第一に、仲裁判断はどのような法的効力を持つのでしょうか。これについては、仲裁廷の任務終了を意味する「Functus Officio」の原則と、紛争の蒸し返しを禁じる「既判力」という二つの重要な法理を通じて明らかにします。第二に、仲裁判断は当事者に対してどのような具体的な救済(Remedies)をもたらすのでしょうか。金銭賠償から特定履行、費用の負担に至るまで、仲裁廷が命じうる多様な救済内容を概観します。

これらのテーマを理解することは、仲裁という紛争解決手段の終局性と実効性を把握する上で不可欠です。

1. 仲裁判断の効力:Functus Officio と Res Judicata

仲裁判断が下されると、それは2つの重要な法的効力を帯びます。1つは仲裁廷の任務を完了させる効力、もう1つは当事者間の紛争を終局的に解決する効力です。

(1) Functus Officio の原則

ラテン語で「任務完了(task performed)」を意味する functus officio は、仲裁廷が最終判断を下した時点で、その任務は終了し、紛争に対する権限を失うという、国際仲裁における基本原則です。この原則の目的は、仲裁判断の終局性(Finality)を確保することにあります。もし仲裁廷が一度下した判断を後から自由に変更できるとすれば、紛争はいつまでも確定せず、仲裁手続の安定性が損なわれてしまいます。

しかし、この原則は絶対的なものではありません。判断内容の実質に影響を与えない範囲での軽微な誤りの訂正や、判断の不明確な点の解消といった必要性に応えるため、多くの仲裁法や仲裁規則は、functus officio の原則にいくつかの例外を設けています。これらの例外的な権限の行使は、仲裁判断が通知されてから極めて短い期間内(通常30日程度)に、当事者からの申立てに基づいて(または仲裁廷自身の発意で)行われなければなりません。

a. 訂正(Correction)
仲裁判断に含まれる計算上の誤り、誤記、タイポグラフィカルなエラー、その他これらに類する明白な誤りを修正する権限です。これは、仲裁廷が意図した判断内容を正確に反映させるための純粋に技術的な作業であり、判断の実質を変更するものではありません。

b. 解釈(Interpretation)
仲裁判断の主文(Dispositive Part)の特定の箇所に曖昧な点があり、その意味内容が不明確である場合に、当事者の一方の申立てに基づき、仲裁廷がその解釈を示す権限です。解釈は、あくまで判断内容を明確にするためのものであり、判断の実質に立ち入って理由付けを補足したり、新たな判断を下したりすることは許されません。敗訴当事者が、解釈の申立てを、事実上の不服申立て(バックドア・アピール)として利用しようと試みることがありますが、仲裁廷はそのような申立てを厳しく退けます。

c. 追加判断(Additional Award)
仲裁手続において当事者から申立てがあったにもかかわらず、仲裁廷が最終判断の中で判断し忘れた請求(判断漏脱)がある場合に、その請求について追加で判断を下す権限です。これは、当事者がすべての申立てについて判断を受ける権利を保障するための重要な制度です。もしこの手続がなければ、当事者は判断漏脱を理由に仲裁判断全体の取消しを求めなければならなくなる可能性があり、非効率です。追加判断は、このような事態を避け、手続の経済性を確保する機能を持ちます。

(2) 既判力(Res Judicata)

仲裁判断のもう一つの重要な効力が、既判力です。これは、有効に成立した最終的な仲裁判断が、その対象となった紛争について、当事者間を法的に拘束し、同一の紛争を再び別の手続(訴訟または別の仲裁)で蒸し返すことを禁じる効力です。これにより、紛争解決の終局性が保障されます。

既判力の効力が及ぶ範囲については、コモンローと大陸法で伝統的に若干の違いがありますが、国際仲裁の実務では、以下の二つの側面が重要となります。

a. 請求権の遮断効(Claim Preclusion)
これは既判力の核心的な効力であり、仲裁判断によって解決された請求(Claim)と同一の請求について、同一の当事者が再び争うことを禁じるものです。例えば、売買契約に基づく代金支払請求について、買主の主張を認めて請求を棄却する仲裁判断が下された場合、売主は、同じ代金支払請求を、裁判所や別の仲裁廷で再び提起することはできません。

b. 争点効(Issue Preclusion / Collateral Estoppel)
これは主にコモンロー系の法理ですが、国際仲裁においてもその影響力は増しています。争点効とは、前回の仲裁手続において、当事者間で実際に争われ、判断され、かつその判断が仲裁判断の結論にとって不可欠であった争点(Issue)について、後の別の請求に関する手続において、当事者がそれと矛盾する主張をすることを禁じる効力です。

例えば、ライセンス契約に基づく2024年分のロイヤリティ支払請求に関する仲裁で、「ライセンス契約は有効に成立している」という点が争われ、仲裁廷がその点を認定して支払いを命じたとします。その後、2025年分のロイヤリティ支払いをめぐって新たな紛争が生じた場合、争点効の法理に基づき、当事者は後の手続で「そもそもライセンス契約は無効であった」と主張することは原則として許されません。

c. 第三者への効力
契約の相対効の原則から、仲裁判断の既判力は、原則としてその仲裁の当事者間でのみ生じ、第三者を拘束するものではありません。しかし、先に見た非署名当事者の議論と同様に、この原則にも例外があります。例えば、契約上の地位の承継人や、法人格が否認された場合の親会社など、当事者と法的に一体とみなされる者(Privy)には、既判力が及ぶことがあります。