第5章 仲裁手続の進行

前章で仲裁廷が設立されたことにより、いよいよ実質的な審理の段階へと入ります。ここからは、当事者がそれぞれの主張と証拠を提出し、仲裁廷がそれらを吟味して心証を形成していく、仲裁手続の核心部分です。

国際仲裁の手続は、各国の裁判所が従う厳格で詳細な民事訴訟規則とは大きく異なります。国際仲裁の最大の特長の一つは、その手続的な柔軟性にあります。当事者は、自らの紛争の性質や規模に最も適した手続を、いわばオーダーメイドで構築することができます。この手続形成における当事者の主導権は「当事者自治(Party Autonomy)」の原則と呼ばれ、国際仲裁の根幹をなす理念です。

しかし、この自由も無制限ではありません。仲裁手続は、仲裁地の法律(Lex Arbitri)が定める強行法規と、当事者に公平な審理を受ける機会を保障するという国際的な要請、すなわち「適正手続(Due Process)」の原則によって制約されます。当事者自治、仲裁地法、適正手続という三つの要素が相互作用する中で、個々の仲裁手続は形作られていきます。

本章では、仲裁廷の設立後、仲裁判断が下されるまでの具体的な手続の進行について、国際的な実務で標準となっている流れを中心に解説します。個々の仲裁はユニークなものですが、そこには世界中の実務家たちの経験と知恵が積み重なって形成された、一種の「共通言語」とも言うべきモデルプロセスが存在します。

1. 手続の基本原則:当事者自治とその限界

(1) 当事者自治の原則

国際仲裁における手続進行の最高原則は、当事者自治です。UNCITRALモデル法19条1項は、「この法律の規定に従うことを条件として、当事者は、仲裁廷が手続を進行するに当たって従うべき手続について自由に合意することができる」と定め、この原則を明確に示しています。

当事者は、仲裁合意や、仲裁手続が開始された後の仲裁廷との協議を通じて、以下のような手続のあらゆる側面を決定することができます。

  • 書面提出の回数や順序
  • 文書提出(ディスカバリー)の範囲と手続
  • 審問(ヒアリング)を実施するか否か、その時期、場所、長さ
  • 証拠調べの方法(証人尋問の方法など)
  • 仲裁で使用する言語

この柔軟性により、当事者は、米国の訴訟で典型的な広範なディスカバリーを避けたり、大陸法系の訴訟のように審問を複数回に分けたりすることなく、紛争の特性に合わせて最も効率的かつ効果的な手続を構築することが可能となります。

(2) 当事者自治の限界

当事者の手続形成権は絶対的なものではありません。主に二つの重要な制約が存在します。

a. 仲裁地法の強行法規(Mandatory Rules of the Lex Arbitri)
仲裁手続は、仲裁地の法的な監督下にあります。そのため、仲裁地法が定める特定の強行法規(当事者の合意によっても排除できないルール)には従わなければなりません。例えば、仲裁人の独立性・公平性に関するルールや、重大な公序に関わる規定などがこれにあたります。もっとも、近代的な仲裁法(特にUNCITRALモデル法を採用している国の法律)は、当事者自治を最大限尊重する立場をとっており、手続に関する強行法規は必要最小限に抑えられているのが通常です。

b. 適正手続の原則(Due Process)
国際仲裁における最も根本的な手続上の要請が、適正手続の保障です。これは、国籍や法文化の違いにかかわらず、すべての当事者に公平な審理の機会を保障するための最低限のルールであり、国際的な公序の一部をなすと考えられています。その核心的な内容は、以下の二点に集約されます。

  1. 当事者の平等な取扱い(Equal Treatment of the Parties): 仲裁廷は、すべての当事者を平等に取り扱い、いずれか一方を不当に有利または不利に扱ってはなりません。
  2. 防御の機会の保障(Right to be Heard): 各当事者は、自らの主張を述べ、証拠を提出し、かつ相手方の主張や証拠に対して反論するための、合理的で十分な機会を与えられなければなりません。

仲裁廷がこれらの適正手続の原則に違反したと判断された場合、その仲裁判断は仲裁地で取り消されたり、承認・執行を拒絶されたりする重大なリスクを負います。したがって、仲裁廷は、当事者自治を尊重しつつも、常にこの適正手続の要請を念頭に置いて手続を指揮する必要があります。

2. 典型的な仲裁手続の流れ

国際仲裁の手続は、事案ごとに多様ですが、多くの場合、以下のような段階を経て進行します。この流れは、英米法的な対審構造(Adversarial System)と大陸法的な職権探知主義(Inquisitorial System)の要素を融合させた、国際仲裁に特有の実務から生まれてきたものです。

(1) 仲裁申立てと答弁

手続は、申立人(Claimant)が「仲裁申立書(Request for Arbitration / Notice of Arbitration)」を相手方である被申立人(Respondent)に送付し、仲裁機関に提出することから始まります。これに対し、被申立人は「答弁書(Answer to Request for Arbitration)」を提出します。この段階で、被申立人は、申立人の請求を争うだけでなく、自らの請求である「反対請求(Counterclaim)」を提起することもできます。

(2) 仲裁廷の設立と手続進行協議

これらの書面のやり取りと並行して、前章で述べたプロセスを経て仲裁廷が設立されます。仲裁廷が設立されると、まず最初に行われるのが「手続進行協議(Procedural Conference / Case Management Conference)」です。これは、仲裁廷と両当事者の代理人が一堂に会し(近年ではオンライン会議が主流)、今後の手続の進め方について協議し、決定するための極めて重要な会議です。

この協議で合意された内容は、「手続命令第1号(Procedural Order No. 1)」として文書化され、その後の手続全体のロードマップとなります。この段階で、手続の全体像と詳細なスケジュールが明確になるため、当事者はその後の見通しを立てることが可能となります。

協議される主な事項は以下の通りです。

  • 手続のタイムテーブル: 各書面の提出期限、文書提出手続の期間、審問の時期と期間など、仲裁判断に至るまでの詳細なスケジュール。
  • 書面提出: 何回の書面(準備書面)を提出するか、各書面の分量制限など。
  • 証拠調べ: 文書提出の範囲や手続、証人尋問の方法、専門家鑑定の要否など。
  • 審問: 審問を物理的に行うか、オンラインで行うか(あるいはそのハイブリッドか)、場所、言語、通訳、速記録の要否など。
(3) 付託事項書(Terms of Reference)

ICC仲裁に特徴的な制度として、「付託事項書」の作成があります。これは、手続の初期段階で、当事者の氏名・住所、請求の要旨、そして最も重要な点として「仲裁廷が判断すべき争点(List of Issues to be Determined)」を一覧にした文書を、仲裁廷と当事者が共同で作成し、署名するものです。

付託事項書は、その後の審理の範囲を画定し、手続の途中で請求や争点が無秩序に拡大することを防ぐことで、審理の焦点を明確にし、手続の効率性を高める機能を持ちます。仲裁廷は、原則としてこの付託事項書に記載された争点についてのみ判断を下すことができます。

3. 書面による主張の展開(Written Submissions)

手続進行協議で定められたスケジュールに従い、当事者は、自らの主張とそれを裏付ける証拠を詳述した書面(準備書面)を仲裁廷に提出します。国際仲裁では、これらの書面は「メモリアル(Memorials)」または「プリーディング(Pleadings)」と呼ばれます。

通常、以下のような順序で書面が交換されます。

  1. 申立人による主張書面(Statement of Claim / Memorial): 申立人が、請求の根拠となる事実関係、法的議論、求める救済(損害賠償額など)を詳細に記述します。関連する証拠書類や、証人の供述をまとめた「証人供述書(Witness Statement)」、専門家の意見を記した「専門家報告書(Expert Report)」などが添付されます。
  2. 被申立人による答弁書(Statement of Defence / Counter-Memorial): 被申立人が、申立人の主張に反論し、自らの防御の根拠を述べます。反対請求を行う場合は、その内容もここで主張します。
  3. 申立人による反論書(Reply): 被申立人の答弁書および反対請求に対して、申立人が反論します。
  4. 被申立人による再反論書(Rejoinder): 申立人の反論書に対して、被申立人がさらに反論します。

これらの書面は、裁判所に提出する準備書面に比べて、より詳細かつ包括的であることが多いです。事実認定と法的主張が一体となった長文の論述形式をとり、膨大な証拠が添付されるのが通常です。これは、審問の前に、争点と証拠を可能な限り明確にし、審問自体を効率的に行うという国際仲裁の思想を反映したものです。

4. 証拠の収集と提出(Evidence Gathering and Presentation)

国際仲裁における証拠調べは、英米法と大陸法のプラクティスが融合した、独特の様相を呈します。

(1) 文書提出(Document Production)

国際仲裁における文書提出は、米国の民事訴訟でみられるような、広範で包括的な「ディスカバリー(Discovery)」とは一線を画します。仲裁では、相手方の持つすべての関連文書を網羅的に開示させるのではなく、当事者が自らの主張に関連する、特定の文書または特定のカテゴリーの文書を具体的に特定して、その提出を要求するのが原則です。

この手続の国際的なスタンダードとして広く参照されているのが、「IBA国際仲裁における証拠調べに関する規則(IBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration)」です。この規則によれば、文書提出の要求は、①それが依拠する主張との関連性および重要性、②それが含まれていると信じるに足る文書または文書のカテゴリーの具体的記述、③相手方がその文書を所持していると信じるに足る理由、などを満たさなければなりません。

文書提出の要求とそれに対する異議を効率的に管理するため、「レッドファーン・スケジュール(Redfern Schedule)」と呼ばれる一覧表形式のツールが実務で頻繁に用いられます。これは、①要求された文書、②要求の根拠、③相手方の異議、④仲裁廷の判断、を一覧できる表であり、争点を明確化するのに役立ちます。

また、国際仲裁では、弁護士・依頼者間の秘匿特権(Attorney-Client Privilege)など、文書提出を拒否できる正当な理由(Privilege)も認められますが、当事者や代理人の国籍が多岐にわたるため、どの国の法が適用されるかが複雑な問題となることがあります。

(2) 証人尋問(Witness Examination)

事実に関する証人の証拠は、多くの場合、まず「証人供述書(Witness Statement)」という書面の形で提出されます。これは、証人が自らの知る事実を一人称で記述し、署名したものであり、審問における直接尋問(Direct Examination)に代わるものとして扱われます。

書面による証拠提出を先行させることで、審問の時間を、証言の信頼性を検証するための「反対尋問(Cross-examination)」に集中させることができます。審問では、相手方当事者の代理人が、証人供述書を提出した証人に対して質問を行い、その証言の矛盾点や不自然な点を追及します。その後、証人を申請した側による再主尋問(Re-direct Examination)が行われることもあります。

(3) 専門家鑑定(Expert Evidence)

建設プロジェクトの遅延原因の分析、損害額の算定、外国法の解釈など、専門的な知見が必要な争点については、専門家(Expert)の証拠が決定的に重要となります。

専門家には、当事者がそれぞれ自らの主張を裏付けるために選任する「当事者選任専門家(Party-Appointed Expert)」と、仲裁廷が中立的な立場から助言を得るために選任する「仲裁廷選任専門家(Tribunal-Appointed Expert)」がいます。国際仲裁では、前者が圧倒的に主流です。

当事者選任専門家は、それぞれ「専門家報告書(Expert Report)」を作成・提出し、多くの場合、相手方の専門家報告書に対する反論報告書も提出します。審問では、証人と同様に、反対尋問を受けます。

近年、専門家間の争点を効率的に明らかにすべく、「ウィットネス・カンファレンシング(Witness Conferencing)」または「ホット・タビング(Hot-tubbing)」と呼ばれる手法が用いられることが増えています。これは、双方の専門家を同時に証人席に座らせ、特定のテーマについて、仲裁廷が主導して専門家同士に議論させたり、質問を投げかけたりする尋問方法です。

5. 審問(Hearing)

書面による主張と証拠調べを経て、審問を迎えます。審問は、仲裁廷が当事者の代理人による弁論を聞き、証人や専門家の口頭証言を直接聴取して、心証を形成するための重要な機会です。

(1) 審問の形態:物理的審問とリモート審問

伝統的に、審問は仲裁地または当事者の合意した場所で、関係者が一堂に会する物理的審問(Physical Hearing)の形式で行われてきました。しかし、2020年のCOVID-19パンデミックを契機に、ビデオ会議システムを利用したリモート審問(Virtual Hearing / Remote Hearing)が急速に普及し、現在では国際仲裁における標準的な選択肢の一つとなっています。

リモート審問は、旅費や会場費といったコストを削減し、移動に伴う時間を節約できる大きなメリットがある一方、証人の信頼性の評価が難しい、技術的なトラブルのリスクがある、時差の調整が困難である、といった課題も指摘されています。今日の実務では、事案の性質や当事者の希望に応じて、物理的審問、完全なリモート審問、あるいは一部の関係者のみがリモートで参加するハイブリッド審問が柔軟に選択されています。

(2) 審問の進行

審問は、通常、以下のような流れで進行します。

  1. 冒頭陳述(Opening Statements): 各当事者の代理人が、これから証明しようとする事案の概要と主要な争点について、仲裁廷に説明します。
  2. 証人尋問(Witness Examination): まず申立人側の証人、次に被申立人側の証人の尋問が行われます。各証人について、主に相手方代理人による反対尋問が行われます。
  3. 専門家尋問(Expert Examination): 証人尋問と同様に、またはウィットネス・カンファレンシング形式で行われます。
  4. 最終弁論(Closing Arguments): 各当事者の代理人が、審問で明らかになった事実と証拠に基づき、自らの主張の正当性を最終的に訴えます。
(3) 当事者の欠席(Default of a Party)

一方の当事者が、正当な理由なく仲裁手続に参加しない、あるいは審問に出席しない場合でも、仲裁手続は停止しません。仲裁廷は、相手方当事者の申立てに基づき、欠席当事者が不在のまま手続を進めることができます。

ただし、仲裁廷は、欠席を理由に自動的に出席当事者の主張を認めるわけではありません。仲裁廷は、提出された主張と証拠を慎重に検討し、申立人の請求が事実と法に基づいて十分に根拠がある(well-founded)と自ら納得した場合にのみ、申立人に有利な仲裁判断(欠席判断、Default Award)を下すことができます。これは、仲裁判断の正当性を担保するための重要な要請です。

6. 手続の終結と評議

審問が終了するか、あるいは審問が行われない場合には最終的な書面の提出が終わった時点で、仲裁廷は「手続の終結(Closing of the Proceedings)」を宣言します。これ以降、原則として当事者は新たな主張や証拠を提出することはできません。

手続が終結すると、仲裁廷は評議(Deliberations)に入り、提出されたすべての主張と証拠を基に、最終的な判断について合議します。そして、その結論と理由を詳述した「仲裁判断(Arbitral Award)」の起草作業を進めます。この仲裁判断の作成をもって、仲裁手続の進行は完了し、次の段階へと移行するのです。