Anthropicに対するAIトレーニング「フェアユース」認定の判断

2025年6月23日、米国カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所のウィリアム・アルサップ判事は、Bartz v. Anthropic PBC(事件番号:3:24-cv-05417)において、裁判所は以下の二つの重要な判断を示しました:

  1. AIトレーニングへの著作物使用はフェアユース:AnthropicがClaudeモデルのトレーニングに著作権のある書籍を使用したことは「本質的に変容的(transformative)」であり、フェアユースに該当する
  2. 海賊版書籍のダウンロードは著作権侵害:700万冊の海賊版書籍をダウンロード・保存した行為は著作権侵害に当たる

この判決は、AI開発と知的財産権の緊張関係における新たな法的枠組みを確立し、今後のAI関連訴訟に大きな影響を与えることが予想されます。

事案の背景

原告と訴訟の経緯

2024年8月19日、作家のアンドレア・バーツ氏、チャールズ・グレーバー氏、カーク・ウォレス・ジョンソン氏の3名が、Anthropic社を相手取って集団訴訟を提起しました。原告らは、同社が許可なく著作権登録された書籍を使用したとして、同様の被害を受けた全作家を代表する集団訴訟の認定を求めています。

原告側の主張の核心は、Anthropic社が約700万冊の海賊版書籍を含む「ライブラリ」を構築し、これらを違法にダウンロードしてAIトレーニングに「永続的に」使用しているという点にありました。原告側は、615億ドル(約9.7兆円)の企業価値を持つ同社が「数十万冊の著作権のある書籍を盗用」してビジネスを構築したと主張しています。

Anthropic社の反論

Anthropic社は、AIトレーニングにおける著作物使用は「極めて変容的」であり、米国著作権法は科学的進歩を促進するためにこのような使用を「許可するだけでなく奨励している」と主張しました。同社の法務チームは、書籍のコピーは「原告の文章を研究し、著作権で保護されない情報を抽出し、学習した内容を革新的技術の創造に使用する」ためだけに行われたものであり、原作品の複製や競合を目的としたものではないと反論しました。

裁判所の判断

フェアユース認定の理由

アルサップ判事は、AIトレーニングに関してフェアユースを認める画期的な判断を下しました。判決では以下の点が強調されています:

変容的使用の認定

  • 判事は、Anthropicの技術を「私たちの多くが生涯で目にする最も変容的なもののひとつ」と評価
  • AIと人間の学習プロセスを類推し、「作家を志す読者と同様に、AnthropicのAIは作品を複製や代替のためではなく、全く異なるものを創造するために学習した」と判示

創造的要素の非再現性

  • Claudeモデルは「特定の作品の創造的要素や、個々の作家の識別可能な表現スタイルを公衆に再現していない」
  • Anthropicが逐語的な複製を防ぐ「ガードレール」を実装していることを評価

フェアユースの4要素分析

  • 使用目的:高度に変容的な目的によりAnthropicに有利
  • 著作物の性質:創造的作品であることを認めつつ、変容的目的を重視
  • 使用量:全文使用は変容的目的に必要と判断
  • 市場への影響:有害な市場代替と正当な競争的置換を区別し、Anthropicに有利と判断

海賊版ダウンロードへの厳しい判断

一方で、裁判所は700万冊を超える海賊版書籍のダウンロードと保存は著作権侵害であると明確に判示しました:

  • 「下流での変容的使用が上流での海賊行為を正当化することはできない」
  • 「海賊版コピーによる研究ライブラリの構築は、それ自体が独立した使用であり、変容的ではない」
  • Anthropicの内部通信で、ライセンス取得の「法的/実務的/ビジネス上の困難」を避けるために海賊版を選好していたことを批判

損害賠償審理への影響

潜在的な賠償額の規模

2025年12月に予定される損害賠償審理では、以下の点が焦点となります:

  • 法定損害賠償:故意の侵害に対しては1作品あたり最大15万ドル(約2,370万円)
  • 理論上の最大賠償額:700万作品×15万ドル=1兆500億ドル(約166兆円)
  • これはAnthropicの企業価値615億ドルを大幅に上回る金額

ただし、実際の損害賠償額は市場価格(Amazonの書籍価格など)を基準に算定される可能性が高く、最大法定損害賠償額が適用される可能性は低いと予想されます。

事後的な書籍購入の影響

裁判所は、Anthropicが海賊版として入手した書籍の一部を事後的に購入したことについて、「窃盗の責任を免れることはないが、法定損害賠償の範囲に影響する可能性がある」と指摘しています。

実務上の示唆と対応策

AI開発企業への影響

ポジティブな側面

  • 著作物を用いたAIトレーニング自体はフェアユースとして保護される可能性
  • 適切なガードレールの実装により、逐語的複製を防げば法的リスクを軽減可能

注意すべき点

  • データ取得方法の適法性が極めて重要
  • 海賊版サイトからのデータ取得は、その後の使用が変容的でも違法
  • ライセンス取得や合法的アクセス方法の検討が必要

コンテンツ事業者への影響

  1. 著作権保護の継続
  • 海賊行為に対する基本的な保護は維持
  • データ取得源の適法性を問うことで一定の保護を確保
  1. 新たなビジネスモデルの可能性
  • AIトレーニング用データのライセンス市場(現在25億ドル規模)の拡大
  • フェアユース判決にもかかわらず、多くのAI企業は訴訟リスク回避のためライセンス取得を継続

結論と推奨事項

本件判断は、今後のAI開発と知的財産権のバランスを定義する重要な先例となります。アルサップ判事の二分された判断——AIトレーニングを本質的に変容的と認めつつ、海賊行為を非難する——は、イノベーションの必要性と創作者の権利の両方を認める洗練された先例を確立しました。

本判決は始まりに過ぎず、今後の控訴審、他の裁判所の判断、そして立法的対応により、AIと著作権の関係はさらに明確化されていくことが予想されます。