デジタルトランスフォーメーション(DX)が加速し、ビジネスのあらゆる側面がグローバルに結びつく現代において、サイバーセキュリティはもはや単なる技術的な課題ではなく、経営そのものを揺るしかねない重要なリスクとして認識されています。SonicWall社のレポートによれば、2022年には全世界で55億件以上のマルウェア攻撃と4億9330万件のランサムウェア攻撃が観測されるなど、サイバー脅威は深刻化の一途をたどっています。特に、世界最大の市場であり、デジタル技術のルール形成を主導するアメリカの法制度を理解することは、グローバルに事業を展開する日本企業にとって不可欠です。
米国は、世界で最もサイバー攻撃の標的となりやすい国の1つであり、それに伴い、データ侵害に対する法的・社会的な要求水準も世界で最も厳しいレベルにあります。ひとたび大規模なデータ侵害が発生すれば、企業は数億ドル規模の集団訴訟、規制当局からの高額な罰金、そして何よりも回復困難なブランドイメージの失墜という三重苦に見舞われます。
このリスクは、米国に物理的な拠点を持つ企業だけに限定されるものではありません。アメリカの顧客向けにECサイトを運営したり、アメリカのユーザー向けにアプリを提供したり、アメリカ企業のサプライチェーンに製品やソフトウェアを供給するといった。事業活動を行うだけで、日本企業はアメリカの複雑なサイバーセキュリティ法の網にかかる可能性があります。カリフォルニア州の法律が、日本のサーバーに保存されているカリフォルニア住民のデータにまで適用されうる「域外適用」は、すべての経営者が認識すべき事業リスクとなっています。
特に近年のバイデン政権は、「セキュア・バイ・デザイン」の原則を掲げ、ソフトウェアの脆弱性に対する責任をユーザーから開発者へとシフトさせるという、大きなパラダイム転換を主導しています。これは、ソフトウェアを世界中に供給する日本の開発者にとっても、製造物責任のあり方を根本から見直すことを迫る動きです。
しかし、アメリカのサイバーセキュリティ法制は、日本の法体系とは大きく異なる特徴を持っています。単一の包括的な法律が存在するわけではなく、連邦法と州法、セクター別の規制、そしてコモンロー(判例法)が複雑に絡み合った「パッチワーク」のような構造をしています。本稿は、そのような複雑な構造の法制度を整理し、可能な限り分かりやすくを解説することを目的としています。