第7章 審理(トライアル)のプロセス

7.1 審理の一般的な流れ

訴訟の準備段階がすべて完了すると、次はトライアル(事実審理)です。現代の裁判所では、訴訟の初期段階で開催される審理前協議(pretrial conference)において、ディスカバリーの完了期限とともにトライアルの大まかな日程が定められることが多いです。事件がカレンダーの上位に近づくと、裁判所は当事者双方の弁護士を呼び出し、トライアルの具体的な日時を最終調整します。

トライアルには、事実認定を市民から選ばれた陪審員(jury)が行う「陪審審理(Jury Trial)」と、裁判官が1人で法律判断と事実認定の両方を行う「裁判官審理(Bench Trial)」の2種類があります。陪審審理を受ける権利は合衆国憲法修正7条等で保障された重要な権利ですが、当事者がこの権利を放棄したり、そもそも権利が認められない種類の事件(例えば、差止請求が中心の衡平法上の事件)であったりする場合には、裁判官審理となります。

どちらの審理形態を選択するかは、訴訟戦略上、極めて重要な決断です。一般に、陪審審理は、陪審員の選定手続や陪審への説示(jury instructions)が必要となるため、裁判官審理に比べて時間と費用がかかります。また、陪審員は法律の素人であるため、複雑な事件では感情に流されやすく、その判断は予測しにくいというリスクを伴います。一方で、大企業や政府を相手取る訴訟では、一般市民である陪審員の共感を得やすいというメリットもあります。弁護士は、事件の性質、証拠の強弱、コミュニティの特性、そして相手方の資力といった様々な要素を考慮し、どちらの審理形態が自らの依頼人にとって最も有利かを慎重に判断しなければなりません。

トライアルの一般的な進行順序は、以下の通りです。

  1. 陪審員の選定(Jury Selection)※陪審審理の場合
  2. 冒頭陳述(Opening Statements):まず原告側、次いで被告側が、これから何を証明しようとするのか、事件のストーリーを陪審員又は裁判官に提示します。
  3. 原告による主張立証(Plaintiff’s Case-in-Chief):原告が、自らの請求を裏付けるために、証人を尋問し、証拠を提出します。
  4. 被告による反対尋問(Cross-Examination):被告が、原告側の証人に対して尋問を行います。
  5. 被告による主張立証(Defendant’s Case-in-Chief):被告が、原告の請求を覆し、自らの抗弁を裏付けるために、証人を尋問し、証拠を提出します。
  6. 原告による反対尋問(Cross-Examination):原告が、被告側の証人に対して尋問を行います。
  7. 最終弁論(Closing Arguments):双方の弁護士が、法廷に提出された全ての証拠を総括し、自らの主張がいかに正当であるかを陪審(または裁判官)に説得する最後の機会です。
  8. 陪審への説示(Jury Instructions):裁判官が、陪審員に対して、本件に適用されるべき法律の内容と、評決に至るための手順を説明します。※陪審審理の場合
  9. 評決と判決(Verdict and Judgment):陪審が評議の上で評決を下し、それに基づいて裁判官が最終的な判決を言い渡します。

7.2 陪審審理(Jury Trial)

(1)陪審審理を受ける権利:合衆国憲法修正7条

合衆国憲法修正7条は、「コモンロー上の訴訟において、争いの価額が20ドルを超える場合は、陪審による審理を受ける権利は、これを維持されなければならない」と定めています。これは、政府権力(裁判官を含む)から市民の自由を守るための最後の砦として、また、法にコミュニティの常識を反映させるための重要な装置として、陪審制度がアメリカの司法においていかに重視されているかを示すものです。

この「コモンロー上の訴訟」という文言が、陪審審理の権利の範囲を画定する上での鍵となります。歴史的に、イギリスの法制度は、厳格な判例法理に従って金銭賠償を主たる救済とする「コモンロー裁判所」と、より柔軟な衡平(equity)の理念に基づき、差止命令(injunction)や特定履行(specific performance)といった金銭以外の救済を与える「衡平法裁判所」に分かれていました。そして、陪審審理は、コモンロー裁判所でのみ行われていました。

したがって、修正7条の解釈によれば、原告が求める救済が主として金銭賠償(damages)である場合は「コモンロー上の訴訟」にあたり陪審審理の権利が保障されますが、主として差止命令のような衡平法上の救済を求める場合は、その権利は保障されない、というのが基本的な考え方となります。現代の裁判所では、コモンローと衡平法が融合し、1つの訴訟で両方の救済を求めることが可能となっているため、この区別は時に複雑な問題を生みますが、Beacon Theatres, Inc. v. Westover(1959年)などの一連の最高裁判決は、法律上の請求(金銭賠償)と衡平法上の請求が混在する場合には、まず共通する事実問題を陪審に判断させるべきであるとし、陪審審理の権利を広く保護する方向性を示しています。

(2)陪審員の選定手続:予備尋問(Voir Dire)

陪審審理は、その事件を審理する陪審員団(通常6名から12名の市民)を選定する手続から始まります。この選定プロセスは「予備尋問(Voir Dire)」 と呼ばれ、公平な判断を下すことができない偏見(bias)を持った候補者を排除し、公正な陪審を構成することを目的としています。

まず、裁判所書記官が、選挙人名簿などから無作為に選んだ市民のリスト(venire)から、数十人の陪審員候補者を法廷に召喚します。次に、裁判官と双方の弁護士が、これらの候補者に対して、事件や当事者に関する知識の有無、個人的な経験、信条などについて質問を投げかけます。この質問を通じて、弁護士は、自らの依頼人にとって不利益な判断を下す可能性のある候補者を見極めようとします。

陪審員候補者を排除するための手段として、弁護士には2種類の「異議(challenge)」 が与えられています。

  • 理由付き異議(Challenge for Cause): 候補者が、事件の当事者と利害関係がある、又は、明確な偏見を表明しているなど、公平な判断を下せないことが客観的な理由で示された場合に、弁護士が申し立てる異議です。この異議が認められるか否かは裁判官が判断し、認められる回数に制限はありません。
  • 理由なき異議(Peremptory Challenge): 弁護士が、何ら理由を示すことなく、一定数の候補者を排除できる権利です。これは、客観的な理由までは示せないものの、弁護士が直感的に「この候補者は自分達に不利だ」と感じた場合に用いられます。ただし、Batson v. Kentucky(1986年) の最高裁判決以降、人種や性別といった差別的な理由でこの権利を行使することは、憲法上の平等保護条項に違反するとして固く禁じられています。

この予備尋問は、単なる候補者の選別にとどまりません。弁護士にとっては、陪審員と最初にコミュニケーションをとり、自らの主張の要点を伝え、共感を得るための絶好の機会であり、訴訟の行方を左右する重要な戦術的局面なのです。

(3)裁判官と陪審の役割分担

陪審審理における最も基本的な原則は、「法律問題は裁判官に、事実問題は陪審に(Questions of law are for the judge, questions of fact are for the jury)」 という役割分担です。

裁判官は、法廷の秩序を維持し、訴訟手続を指揮する責任を負います。具体的には、どの証拠が法廷で許容されるかを決定し(証拠の採否)、適用されるべき法律を解釈し、最終的にその内容を陪審に説示します。

一方、陪審は、法廷で提示された証拠(証言や物証)を評価し、どちらの当事者の主張がより信用できるかを判断し、事件の事実が何であったかを認定する、唯一の「事実認定者(trier of fact)」 です。そして、裁判官から与えられた法律の指示に従い、認定した事実にその法律を適用して、最終的な結論である評決(verdict) を下すのです。

この役割分担は、理論上は明確ですが、実際には両者の境界が曖昧な場合も多くあります。例えば、ある契約書の文言の解釈は法律問題として裁判官が判断しますが、その契約がそもそも有効に成立したか否かは事実問題として陪審が判断します。裁判官は、陪審がその役割を逸脱しないよう、証拠の採否や陪審への説示を通じて、その判断プロセスを慎重に導きます。

7.3 証拠法(The Law of Evidence)の概要

トライアルとは、証拠を通じて事実を再構成し、法的な結論を導き出すプロセスです。しかし、当事者が法廷に持ち込める情報には、厳格なルールが課せられています。このルールを体系化したものが証拠法(The Law of Evidence) であり、その目的は、信頼性の低い情報や、陪審に不当な偏見を与える可能性のある情報を排除し、公正かつ合理的な事実認定を確保することにあります。連邦裁判所では連邦証拠規則(Federal Rules of Evidence, FRE) が、多くの州ではそれに倣った州の証拠規則が適用されます。

(1)関連性(Relevance)

証拠が法廷で許容されるための大前提は、「関連性(relevance)」 があることです。関連性があるとは、その証拠が、訴訟の争点となっている何らかの事実を、それが存在すると少しでも思わせることです(FRE 401)。この基準は非常に緩やかであり、直接的な証拠だけでなく、状況証拠も広く含まれます。

しかし、たとえ関連性がある証拠であっても、その「証明力(probative value)」 よりも、「不公正な偏見、争点の混同、陪審の誤導、あるいは時間の浪費といった危険性(danger of unfair prejudice, confusing the issues, misleading the jury, … or wasting time)」 が実質的に上回る場合には、裁判官の裁量により、その証拠は排除されうることになっています(FRE 403)。例えば、殺人事件で、被告が過去に全く別の暴行事件を起こしていたという事実は、被告の暴力的性格を示すという点では関連性があるかもしれませんが、陪審に「被告は悪い人間だから今回も有罪に違いない」という不当な偏見を抱かせる危険性が極めて高いため、通常は排除されます。

(2)伝聞(Hearsay)

証拠法の最も複雑かつ重要なルールの一つが、伝聞(hearsay)の原則です。伝聞とは、「法廷外での陳述(out-of-court statement)」 であって、その陳述内容が真実であることを証明するために提出されるものをいいます(FRE 801(c))。このような伝聞証拠は、原則、証拠として許容されません(FRE 802)。

その理由は、伝聞陳述を行った本人(declarant)が法廷にいないため、相手方当事者が反対尋問によってその陳述の信用性(知覚、記憶、表現の正確さや、誠実さ)を吟味する機会がないからです。

しかし、この原則には、例外が存在します。これらの例外は、その陳述がなされた状況から一定の信頼性が担保されていると考えられるものや、他に代替する証拠がないといった必要性から認められているものです。代表的な例外としては、以下のようなものがあります。

  • 興奮状態での発言(Excited Utterance): 驚くような出来事を認識した直後で、興奮が冷めやらぬうちになされた陳述。
  • 業務上の記録(Business Records): 定期的に行われる業務の過程で、その知識を持つ者によって作成・保管された記録。
  • 自白(Admissions by a Party-Opponent): 相手方当事者自身がなした、自らに不利益な陳述(これは厳密には「非伝聞」として扱われます)。
  • 臨終の際の発言(Dying Declaration): 自らが死の淵にあると信じている者によって、その死の原因についてなされた陳述。

(3)秘匿特権(Privilege)

前章でも触れましたが、特定の社会的関係を保護するという強い公共政策上の要請から、たとえ事件に深い関連性があったとしても、その開示を法的に免除される情報があります。これが秘匿特権(privilege) であり、トライアルにおいてもその効力は維持されます。弁護士・依頼者間秘匿特権がその最もたる例です。

(4)証人の証言と物証

証人は、原則として、自らが直接見聞きした事実についてのみ証言することができ、自らの意見(opinion) を述べることは許されません。ただし、科学、技術、その他の専門的知識が事実認定に役立つ場合には、十分な知識、技術、経験を有する専門家証人(expert witness) が、その専門的知見に基づく意見を述べることが認められています。

契約書、凶器、写真といった物証(exhibits) を証拠として提出する場合、その物が本物であることを証明するための「認証(authentication)」 の手続が必要となります。また、文書の内容そのものが争点となっている場合には、「ベスト・エビデンス・ルール(best evidence rule)」 により、原則としてその文書の原本を提出しなければなりません。

トライアルは、これらの厳格な証拠法というフィルターを通して、当事者が提出する情報を選別し、それらを素材として、陪審または裁判官が過去の出来事を再構成していく、知的かつダイナミックなプロセスなのです。