11.1 概要:判決を実質的な権利へ
判決は、あくまで被告に対する法的な権利(例えば、金銭の支払請求権や、特定の行為を求める権利)を公的に宣言するものであり、被告が任意にその内容を履行しない限り、それ自体が原告の満足を直接もたらすわけではありません。特に、金銭判決を得たにもかかわらず、被告が支払いを拒んだり、財産を隠匿したりすれば、勝訴判決は単なる紙切れになりかねません。
このような事態を防ぎ、判決の実効性を確保するために、アメリカの民事訴訟制度は、2つの段階にわたる強力な法的手段を用意しています。第一が、訴訟の係属中、すなわち判決が下される前に、将来の判決執行を確実にするための「暫定的救済(Provisional Remedies)」です。第二が、判決が確定した後に、その内容を強制的に実現するための「判決の執行(Enforcement of Judgments)」です。
11.2 暫定的救済(判決の保全)
暫定的救済とは、訴訟の提起から終局判決が下されるまでの間に、被告が財産を処分したり、あるいは現状を変更したりすることで、将来原告が勝訴したとしても判決の目的が達成できなくなる、という事態を防ぐために講じられる保全措置です。これらの手続は、被告の財産権や行動の自由に重大な制約を加えるものであるため、その発動には厳格な要件が課せられており、常にデュー・プロセス(適正手続)、すなわち被告への告知(Notice)と聴聞の機会(Opportunity to Be Heard)の保障という憲法上の要請との緊張関係に立たされます。
(1)Attachment:財産の差押え
Attachmentは、将来の金銭判決の執行を保全する目的で、訴訟の開始時または係属中に、裁判所の令状に基づき、被告の財産(不動産、動産、預金債権など)を仮に差し押さえる手続です。差し押さえられた財産は、被告が自由に処分することができなくなり、原告が勝訴した場合の責任財産として確保されます。
歴史的には、Attachmentは、州内に財産を有する州外の被告に対する人的管轄権(準イン・レム管轄権)を取得するための手段としても用いられてきました。しかし、Shaffer v. Heitner(1977年) の最高裁判決以降、管轄権取得の目的での利用は、被告と州との間にミニマム・コンタクトが存在する場合に限定されるようになりました。
現代において、Attachmentが認められるのは、各州の法律で定められた特定の状況に限られます。例えば、ニューヨーク州では、被告が州外の法人である場合、被告が送達を免れるために州内で身を隠している場合、又は、被告が債権者を害する目的で財産を処分・隠匿しようとしている場合などに限定されています。これらの要件は厳格に解釈され、申立てを行う原告は、自らの請求権の存在とAttachmentの必要性を、宣誓供述書等によって疎明しなければなりません。また、不当な差押えによって被告が被る損害を担保するため、原告に保証金の提供(posting a bond)を義務付けるのが一般的です。
(2)仮の差止命令(Preliminary Injunction)と仮処分命令(TRO)
金銭以外の救済、特に特定の行為の差止めや履行を求める訴訟において、判決が下されるまでに現状が変更されてしまっては、もはや救済の意味がなくなる場合があります。このような「回復不能な損害(irreparable harm)」を防ぐために用いられるのが、仮の差止命令と仮処分命令(Temporary Restraining Order, TRO)です。
仮の差止命令は、訴訟の終結まで、現状を維持するために、被告に対して特定の行為を命じ、または禁止する裁判所の命令です。この命令が発せられるためには、申立人(通常は原告)は、①本案で勝訴する蓋然性が高いこと(likelihood of success on the merits)、②この命令がなければ回復不能な損害を被ること、③申立人が被る損害と相手方が命令によって被る損害とを比較衡量した結果、申立人の損害の方が大きいこと(balance of hardships)、④差止命令の発令が公共の利益に反しないこと、といった事項を疎明しなければなりません。この判断は裁判官の広範な裁量に委ねられており、必ず相手方に告知と聴聞の機会が与えられた上で決定されます。
一方、仮処分命令(TRO)は、仮の差止命令の審理が開かれるまでのごく短期間、相手方に告知することなく(ex parte)、緊急に現状を維持する必要がある場合に発せられる、より緊急性の高い命令です。例えば、被告がまさに歴史的建造物を取り壊そうとしている、といった切迫した状況で用いられます。告知なしで相手方の行動を制約するため、その要件は極めて厳格であり、認められる期間も通常14日間程度に限定されます。
(3)その他の暫定的救済
その他にも、訴訟の対象となっている特定の財産の管理・保全のために裁判所が仮の管財人(temporary receiver)を選任する手続や、不動産の権利に関する訴訟が係属中であることを公示し、第三者がその不動産を取得しても訴訟の結果に拘束されることを警告する係属中の訴訟の告知(notice of pendency / lis pendens)といった制度があります。
11.3 判決の執行
終局判決が確定し、被告がその履行を任意に行わない場合、勝訴当事者(判決債権者)は、裁判所の力を借りて、その判決内容を強制的に実現する手続、すなわち判決の執行へと進みます。
(1)執行令状(Writ of Execution)と強制執行官による差押え(Levy)
金銭判決の執行における最も基本的な手段が、執行令状です。これは、裁判所書記官が、判決債権者の申立てに基づき発行する命令書であり、地域の執行官(sheriff または marshal)に対して、敗訴当事者(判決債務者)の財産を差し押さえ、それを売却(公売)し、その代金から判決債権の満足を得る権限を与えるものです。
執行官は、この令状に基づき、判決債務者の財産を発見し、差押え(levy)を行います。差押えの対象となる財産は、不動産、自動車や美術品といった動産、銀行預金、給与債権など多岐にわたります。ただし、各州法は、債務者の最低限の生活を保障するため、一定の財産(例えば、生活必需品、一定額までの住居、賃金の一部など)を差押えから除外する免除(exemption)の規定を設けています。
第三者が債務者の財産を占有している場合(例えば、銀行預金や、雇用主が支払う給与)、執行官は、その第三者(garnisheeと呼ばれます)に対して、債務者への支払いを禁じ、代わりに執行官または判決債権者に直接支払うよう命じることができます。これをgarnishmentと呼びます。
(2)法廷侮辱罪(Contempt of Court)
差止命令や特定履行命令といった、金銭の支払い以外の特定の作為・不作為を命じる判決(衡平法上の救済)については、執行令状による強制執行は馴染みません。このような非金銭判決の実効性を担保するのが、法廷侮辱罪(Contempt of Court)という、裁判所が有する強力な権限です。
当事者が、裁判所の命令に正当な理由なく従わない場合、裁判所はその当事者を法廷侮辱罪に問い、制裁を科すことができます。法廷侮辱には、2つの種類があります。
- 民事法廷侮辱(Civil Contempt): その目的は、当事者に将来の命令遵守を強制すること(coercive)にあります。典型的な制裁は、命令に従うまで1日あたり一定額の罰金を科したり、身柄を拘束(収監)したりするというものです。被告は、自らが命令を遵守することによっていつでも制裁から解放されるため、「自らの監獄の鍵を持っている」と表現されます。
- 刑事法廷侮辱(Criminal Contempt): その目的は、裁判所の権威を毀損した過去の不服従行為を処罰すること(punitive)にあります。制裁は、一定期間の収監や、定額の罰金であり、被告が後から命令を遵守したとしても、その制裁が免除されることはありません。刑事罰としての性格を持つため、被告人には、合理的な疑いを越える証明基準や、場合によっては陪審審理を受ける権利といった、刑事手続に準じた憲法上の保障が与えられます。
この法廷侮辱という強力な権限の存在が、アメリカの裁判所が下す非金銭的な命令に、強い実効性をもたらしています。