逮捕され、正式に訴追された被告人は、無罪の推定を受けています。しかし、その一方で、公判期日に確実に出廷させ、また、社会に危険を及ぼすことを防ぐという国家の要請も存在します。この2つの相容れない要請を調整するのが、公判前の身柄解放、すなわち保釈(Bail)の制度です。
1. 保釈(Bail)制度と修正8条
歴史的に、保釈制度の核は、被告人が逃亡することなく将来の裁判期日に確実に出廷することを保証することにありました。被告人は、保釈保証金を預けることで、もし出廷しなければそれを没収されるという経済的な不利益を負います。この仕組みによって、身柄を拘束するという最も厳しい手段を避けつつ、司法手続の円滑な進行を確保しようとしています。
保釈制度に関する憲法上の唯一の規定が、修正第8条の「過剰な保釈金を要求してはならない(Excessive bail shall not be required)」という条項です。しかし、最高裁判所の解釈によれば、この条項は「保釈を受ける絶対的な権利」を保障するものではありません。むしろ、裁判所が保釈を認めると判断した場合に、その目的(主として逃亡の防止)を達成するために必要な額を超えるような、不当に高額な保釈金を設定することを禁じる趣旨であると理解されています。つまり、特定の犯罪類型や状況下において、被告人を一切保釈させずに勾留すること自体は、修正8条に直ちに違反するものではありません。
2. 保釈条件の設定
逮捕後、被告人は速やかに治安判事等の前で行われる初出廷に臨み、そこで公判前の身柄解放に関する最初の決定がなされます。連邦制度における手続のモデルとなっているのが、1984年の保釈改革法(Bail Reform Act of 1984)です。この法律は、裁判官が被告人を解放するか勾留するかを決定するにあたり、段階的なアプローチを取ることを定めています。
裁判官はまず、被告人が自らの約束(personal recognizance)のみで出廷すると信頼できるかを検討します。それが不十分と判断された場合、裁判官は被告人の出廷を合理的に確保するために必要な、「最も制限的でない条件(least restrictive condition)」を課すことを求められます。保釈条件には、以下のような様々な種類があります。
- 金銭的条件:
- 保証人ボンド(Surety Bond): 被告人が保釈保証業者(Bail Bondsman)に手数料(通常は保証金額の10%程度)を支払い、業者が裁判所に全額を保証します。
- 現金ボンド(Cash Bond): 被告人またはその家族が、保証金の全額または一部を現金で裁判所に預けます。
- 非金銭的条件:
- 第三者の身元引受(Third-party custody)
- 移動・旅行の制限
- 特定の人物との接触禁止
- 定期的な警察への出頭報告
- 薬物・アルコールのカウンセリングや検査
- 電子監視(足首モニターなど)
近年では、被害者の権利擁護運動の高まりを受け、多くの法域で、保釈に関する審問において被害者が意見を述べる権利が認められています。
3. 金銭的保釈(Money Bail)の問題点
伝統的な金銭的保釈のシステムは、長年にわたり厳しい批判にさらされてきました。その最大の理由は、この制度が被告人の経済力によって差別を生み出し、貧困者を不当に扱っているという点です。同じような犯罪で起訴され、同程度の逃亡リスクしか持たない2人の被告人がいたとしても、一方が裕福で保釈金を支払えるのに対し、もう一方が貧困であるために支払えず、結果として公判まで勾留され続けるという事態が生じます。
このように、本来無罪と推定されるべき人物が、単にお金がないという理由だけで身柄を拘束されることは、法の平等な保護の理念に反します。勾留された被告人は、職を失い、家族関係が破綻し、さらには弁護人と十分に協議して防御の準備をすることも困難になります。こうした問題意識から、多くの州や都市で、金銭的保釈の役割を縮小し、リスク評価ツールなどを用いて、より客観的な基準で身柄解放の可否を判断しようとする改革の動きが広がっています。
4. 予防的勾留(Preventive Detention)
1984年の保釈改革法は、アメリカの保釈制度に根本的な転換をもたらしました。それは、従来の「逃亡の危険(risk of flight)」という基準に加え、「社会に対する危険(danger to the community)」を、公判前に被告人を勾留するための独立した正当な理由として正式に認めたことです。これを予防的勾留(Preventive Detention)といいます。
(1) 合憲性
この予防的勾留の制度は、無罪の推定に反し、未来の行動を予測して罰するものではないかとして、直ちに厳しい憲法上の挑戦を受けました。しかし、最高裁判所は、United States v. Salerno(1987年)判決において、この制度を合憲と判断しました。裁判所は、政府が社会の安全を確保するという利益は「やむにやまれぬ(compelling)」ものであり、予防的勾留は、処罰(punishment)ではなく、社会を防衛するための規制(regulation)であると述べました。厳格な手続的保障が伴う限りにおいて、被告人の自由に対する重大な制約は、このやむにやまれぬ利益によって正当化されるとしたのです。
(2) 手続的要件
Salerno判決が合憲判断の前提としたように、予防的勾留を課すためには、厳格な手続的デュー・プロセスが保障されなければなりません。連邦の保釈改革法によれば、検察官が予防的勾留を求める場合、裁判所は勾留審問(Detention Hearing)を開かなければなりません。この審問において、被告人は以下の権利を有します。
- 弁護人の援助を受ける権利
- 証言する権利、証拠を提出する権利
- 政府側の証人を尋問する権利
そして、政府は、「明確かつ説得力のある証拠(clear and convincing evidence)」によって、いかなる解放条件を課したとしても被告人が社会に及ぼす危険を合理的に確保することはできない、ということを証明する責任を負います。この高い証明基準と手続的保障によって、予防的勾留という例外的な措置の濫用を防ぐことが意図されています。