これまで見てきたように、合衆国憲法は、捜索・差押え、取調べ、身元確認といった捜査活動に対して、個人の権利を保障するための様々な規制を設けています。仮に捜査機関がこれらの憲法上のルールを破った場合、どうなるのでしょうか。これに対応するのが、違法収集証拠排除法則(Exclusionary Rule)です。これは、憲法に違反して収集された証拠を刑事裁判の公判で被告人に不利な証拠として用いることを禁じるという、判例法上のルールです。
1. 排除法則の根拠と目的
違法収集証拠排除法則は、憲法の条文に明記されたものではなく、最高裁判所の判例を通じて形成されてきました。その正当化の根拠は、時代と共に変遷してきましたが、主に2つの目的が挙げられます。
第一に、警察の違法行為の抑止(Deterrence)です。このルールの核心は、警察が憲法を無視して証拠を収集しようとするインセンティブを奪うことにあります。違法な手段で得た証拠が法廷で使えなくなるのであれば、警察はそもそも違法な捜査を行う意味を失います。つまり、排除法則は、警察官に憲法を遵守させるための、将来的な抑止メカニズムとして機能します。
第二に、歴史的に強調されてきたのが、司法の廉潔性(Judicial Integrity)の維持です。この考え方によれば、裁判所が手続違背の証拠を受け入れることは、裁判所自身を違法行為の共犯者としてしまいます。法の支配を標榜する司法制度が、その基盤である憲法を無視した政府の行為に加担することは許されません。司法の廉潔性を保つためには違法な証拠を法廷から締め出す必要がある、という理念です。
この排除法則は、Weeks v. United States(1914年)判決で初めて連邦の刑事手続に適用され、その後、Mapp v. Ohio(1961年)判決という画期的な判断によって、修正14条のデュー・プロセス条項を通じて各州にも適用されることが決定されました。これにより、排除法則は全米の刑事司法に共通の原則となったのです。
2. 適用範囲と当事者適格(Standing)
排除法則は、憲法違反があれば誰でも主張できるわけではありません。違反行為の被害者自身の権利を保護するための「個人的な権利(a personal right)」だからです。したがって、被告人が証拠の排除を求めるためには、問題となっている違法な捜査によって自分自身の憲法上の権利が侵害されたことを示さなければなりません。証拠排除を申し立てる資格を「当事者適格(Standing)」といいます。
当事者適格の有無は、修正4条の文脈では、被告人が「プライバシーに対する合理的な期待(reasonable expectation of privacy)」を侵害されたか否かによって判断されます。Rakas v. Illinois(1978年)判決で確立されたこのアプローチによれば、被告人は、捜索された場所または差押えられた物に対して、自らが正当なプライバシーの期待を抱いていたことを証明する必要があります。
例えば、
- 自宅: 自宅の所有者や居住者は、当然にプライバシーの期待を有し、違法な家宅捜索に対する当事者適格を持ちます。
- 自動車: 単に他人の車に同乗していただけの乗客は、通常、車内に対するプライバシーの期待を持たないため、車の違法な捜索を争う当事者適格はありません。しかし、その乗客自身の所持品(カバンなど)が捜索された場合には、その所持品に対するプライバシーの期待に基づき、当事者適格が認められます。
- 宿泊客: ホテルに宿泊している客は、その部屋に対してプライバシーの期待を持ちます。また、他人の家に宿泊している「オーバーナイト・ゲスト」も同様に保護されます。
このように、当事者適格の要件は、排除法則の適用範囲を、捜査によって直接的に権利を侵害された者に限定する役割を果たしています。
3. 「毒樹の果実(Fruit of the Poisonous Tree)」の法理
排除法則の効力は、違法な捜査によって直接的に発見された証拠だけに留まりません。「毒樹の果実の法理」として知られるこの原則によれば、排除法則は、違法な捜査(毒樹)から派生して得られた二次的・間接的な証拠(果実)にも及びます。もし、直接証拠のみを排除し、それを利用して得た間接証拠の利用を許すのであれば、警察の違法行為を抑止するという排除法則の目的が骨抜きにされてしまうからです。
例えば、
- 警察が違法な家宅捜索を行い、金庫の鍵を発見した(毒樹)。その鍵を使って貸金庫を開け、中から麻薬を発見した場合、その麻薬は「毒樹の果実」として排除されます。
- 警察が違法な逮捕(毒樹)を行った後、その被疑者を取り調べて自白を得た場合、その自白は「毒樹の果実」として排除されます。
しかし、違法行為と証拠発見との間に因果関係があれば、常に証拠が排除されるわけではありません。裁判所は、排除法則の抑止効果と、有罪の被告人を処罰するという社会の利益とを比較衡量し、因果関係の連鎖が断ち切られたと見なせる場合には、証拠の採用を認める例外を確立しています。
(1) 毒樹の果実の法理の例外
- 独立入手源の法理(Independent Source Doctrine): 警察が、違法な捜査とは全く独立した、合法的な情報源を通じて問題の証拠を入手した場合、その証拠は排除されません。例えば、警察が違法にAの家に入って麻薬を発見したが、それとは全く別に、信頼できる情報提供者からの情報に基づいて適法な捜索令状を取得し、同じ麻薬を発見したであろう場合、その麻薬は独立入手源の法理によって証拠能力が認められます。
- 不可避的発見の法理(Inevitable Discovery Doctrine): Nix v. Williams(1984年)判決で確立されたこの法理によれば、たとえ証拠が最初に違法な手段で発見されたとしても、警察が最終的には合法的な手段によってその証拠を不可避的に発見したであろうことを証明できた場合、その証拠は排除されません。Nix事件では、警察が違法な取調べで被告人から被害者の遺体の場所を聞き出しましたが、同時に広範囲にわたる組織的な捜索隊が遺体の場所に迫っており、いずれにせよ発見は目前であったことが証明されたため、遺体の証拠能力が認められました。
- 希釈化の法理(Attenuation Doctrine): 違法な警察の行為と、その後の証拠の発見との間の因果関係の連鎖が非常に弱まり、最初の違法行為の「汚染(taint)」が「希釈化(attenuated)」または「消散(dissipated)」したと見なせる場合、その証拠は排除されません。この判断は、Brown v. Illinois(1975年)で示された以下の3つの要素を総合的に考慮して行われます。
- 時間的近接性: 違法行為から証拠の入手までの時間が短いほど、汚染は強いと見なされます。
- 介在事情の有無: 違法行為と証拠入手の間に、ミランダ警告、被疑者の自発的な協力、弁護人との接見といった、因果関係を断ち切るような重要な出来事があったか。
- 違法行為の目的と悪質性: 警察の違法行為が、意図的で悪質なものであったか、それとも偶発的で技術的な誤りに過ぎなかったか。悪質な違反であるほど、汚染は消散しにくいとされます。
4. 排除法則の限界
排除法則は、その適用が社会に与えるコスト(真実発見の阻害、有罪の被告人の解放)が大きいことから、最高裁判所は、その抑止効果が期待できない、又は、コストに見合わないと判断される場面では、その適用を認めないという立場を取っています。
- 「善意」の例外(Good Faith Exception): United States v. Leon(1984年)判決で確立された、最も重要な例外です。警察官が、中立・公平な治安判事が発付した捜索令状に基づき、客観的に合理的な「善意(good faith)」で行動した場合、たとえその令状が後に無効と判断されても、それによって得られた証拠は排除されません。これは、令状を発付したのは裁判官であり、警察官に責任はないため、警察官の行動を抑止するという排除法則の目的が働かないからです。ただし、この善意の例外が適用されない場合もあります。例えば、①警察官が宣誓供述書に意図的な虚偽や無謀な不実記載を含めて治安判事を欺いた場合、②治安判事が中立・公平な役割を放棄した場合、③令状が明らかに相当な理由を欠いており、合理的な警察官なら信頼すべきでないと分かる場合等です。
- 弾劾目的での利用(Impeachment): 違法に収集された証拠は、検察官が自らの主張を証明するために用いること(実体証拠としての利用)はできませんが、被告人が宣誓の上で証言台に立ち、その証拠と矛盾する証言をした場合に、その被告人の信用性を攻撃(弾劾)するために用いることは許されます。これは、被告人が排除法則を盾にとって、法廷で偽証をすることまで許されるべきではないという考え方に基づいています。
- 他の手続における不適用: 排除法則は、主に刑事裁判の公判におけるルールです。したがって、以下の手続には原則として適用されません。
- 大陪審手続: 大陪審は捜査機関としての性格が強く、あらゆる情報を基に判断すべきとされるため。
- 民事手続
- 仮釈放・保護観察の取消手続