大陪審(Grand Jury)は、アメリカ刑事司法制度において特異な地位を占める機関です。歴史的には、不当な国家権力から市民を保護する「盾」としての役割と、犯罪を捜査し訴追の是非を判断する「剣」としての役割という、二重の機能を担ってきました。修正5条は、連邦の重罪事件において「大陪審による起訴状によらなければ、何人も答弁を強要されない」と定め、その起訴審査機能を憲法上の権利として保障しています。しかし、現代の実務において、大陪審は検察官が主導する極めて強力な捜査機関としての側面を強めています。本章では、この大陪審の捜査機能に焦点を当て、その広範な権限の根拠、手続の秘匿性、証人が直面する特有の法的状況について掘り下げていきます。
1. 捜査機関としての大陪審
大陪審の捜査能力は、他の捜査機関と比較しても非常に強力です。その強さの源泉は、以下の特徴に由来します。
- 広範な召喚権限: 大陪審は、裁判所の権威の下で、証人に対して出頭と証言を命じる召喚状(subpoena ad testificandum)や文書・物体の提出を命じる召喚状(subpoena duces tecum)を発付する広範な権限を持ちます。この権限は地理的な制約を受けず、全国どこにいる人物や団体に対しても行使できます。
- 秘匿性: 大陪審の手続は、原則として全て非公開で行われます。これにより、証人は報復を恐れることなく自由に証言でき、捜査対象者に情報が漏れて逃亡や証拠隠滅を図るのを防ぐことができます。
- 一方的な手続: 大陪審の手続は、対審構造を取りません。検察官が主導して証拠を提出し、証人を尋問します。被疑者やその弁護人が手続に参加したり、反対尋問を行ったりする権利はありません。
- 緩やかな証拠法則: 公判で適用される厳格な伝聞法則などの証拠法則は、大陪審には適用されません。検察官は、公判では許容されないような証拠も大陪審に提示することができます。
- 「相当な理由」の不要: 警察が捜索や逮捕を行うには「相当な理由(Probable Cause)」が必要ですが、大陪審が捜査を開始するにあたっては、そのような嫌疑は必要とされません。大陪審は、単なる噂や憶測に基づいて捜査を開始し、犯罪が行われたか否かを探求することができます。
これらの特徴が組み合わさることで、大陪審は、特に複雑な金融犯罪、組織犯罪、政治汚職など、通常の警察捜査では全容解明が困難な事件において、重要な捜査ツールとなっています。
2. 召喚状(Subpoena)の権限と執行
大陪審の捜査権限の中核をなすのが召喚状です。この召喚状は、裁判所の命令として絶対的な強制力を持ち、正当な理由なく従わない場合は法廷侮辱罪(contempt of court)として罰金や拘禁といった制裁を科される可能性があります。
しかし、この権限も無制限ではありません。召喚状を受けた者は、裁判所に対してその取消しまたは修正を求める申立て(Motion to Quash)を行うことができます。申立てが認められる主な理由は以下の通りです。
- 不合理性と抑圧性(Unreasonableness and Oppression): 提出を求められた文書の範囲が過度に広範であったり、特定性がなく、従うことが著しく負担となる場合。例えば、「過去10年間の全ての業務記録」といった漠然とした要求は、不合理であるとして取り消される可能性があります。
- 特権(Privilege): 召喚状が、法的に保護された特権によって秘匿されるべき情報の開示を求める場合。最も重要なのが、修正5条の自己負罪拒否特権ですが、その他にも弁護士・依頼者間秘匿特権、医師・患者間秘匿特権、夫婦間秘匿特権などが主張されえます。
3. 大陪審の秘匿性
連邦刑事訴訟規則6条(e)項は、大陪審手続の秘匿性を厳格に定めています。この秘匿義務は、陪審員、検察官、速記者、通訳など、手続に関与するほぼ全ての人間に課されます。この原則の背後には、複数の重要な政策目的があります。
- 証人の保護: 証人が外部からの圧力や報復を恐れることなく、率直な証言をすることを促進します。
- 被疑者の名誉保護: 捜査の結果、不起訴となった場合に、被疑者の名誉が不当に傷つけられるのを防ぎます。
- 捜査の保全: 捜査対象者に捜査の進行状況を知られることによる、逃亡や証拠隠滅、証人への口封じなどを防ぎます。
- 陪審員の自由な討議の確保: 陪審員が外部からの影響を懸念することなく、自由に議論し、投票できるようにします。
ただし、この秘匿義務にはいくつかの重要な例外が定められています。例えば、検察官は、職務の遂行に必要な範囲で、政府の他の弁護士や捜査官に大陪審の情報を開示することができます。また、被告人は、後に公判で証言する大陪審証人の過去の証言録を入手したり、大陪審手続の不正を理由に起訴の棄却を申し立てるために、限定的な情報開示を求めることができます。
ここで極めて重要なのは、秘匿義務は証人には課されないという点です。証人は、大陪審で何を質問されどう証言したかを、弁護士や報道機関を含む第三者に自由に話すことができます。
4. 大陪審と証人の権利
大陪審に召喚された証人は、公判における証人とは大きく異なる、脆弱な立場に置かれます。
- 弁護人立会権の不存在: 証人は、弁護士を陪審室に同伴させることができません。一人で入室し、検察官の質問に答えなければなりません。これは、手続の秘匿性と効率性を確保するためと説明されています。ただし、多くの法域では、証人が質問に窮した場合に、一時的に退室して陪審室の外で待機している弁護士と相談する権利が認められています。
- ミランダ警告の不適用: 警察による身柄拘束下の取調べではないため、ミランダ警告は必要とされません。
- 違法収集証拠排除法則の不適用: 最高裁判所は、United States v. Calandra(1974年)判決において、違法な捜索・差押えによって得られた証拠に基づいて大陪審が質問することも許されると判示しました。証人は、質問の根拠となる証拠が違法に収集されたものであると主張して、証言を拒否することはできません。
5. 自己負罪拒否特権と免責
このように多くの権利が制限される中で、証人にとって最も強力な盾となるのが、修正5条の自己負罪拒否特権です。この権利は、大陪審の証人にも完全に保障されます。証人は、その答えが自身を国内外の刑事訴追にさらす「現実的かつ相当な危険」を生じさせる質問に対しては、証言を拒否することができます。
しかし、検察官にはこの特権を乗り越えるための強力な手段があります。それが免責(Immunity)の付与です。免責とは、証言を強制する見返りに、その証言によって不利益を被らないことを政府が保証する制度です。連邦法で採用されているのは「使用・派生使用免責(Use and Derivative Use Immunity)」です。これは、強制された証言そのもの及び当該証言から直接的・間接的に得られた証拠(派生証拠)を、その後の証人に対する刑事手続で不利な証拠として使用しないことを約束するものです。最高裁判所は、Kastigar v. United States(1972年)において、この免責は自己負罪拒否特権によって与えられる保護と実質的に同等であるとして、合憲と判断しました。したがって、この免責を付与された証人は、もはや証言を拒否する憲法上の権利を失い、証言を強制されます。拒否すれば法廷侮辱罪に問われることになります。
6. 文書提出と「作成行為の法理(Act of Production Doctrine)」
自己負罪拒否特権は、主に「証言(testimonial communication)」を強制されることから個人を保護するものです。そのため、自発的に作成された既存の文書(日記、業務記録など)は、その内容が自己負罪的であっても、通常、特権の保護対象とはなりません。文書の提出を命じられても、それは新たな「証言」を強制されたわけではないからです。
しかし、最高裁判所は、文書を提出する行為そのものが、証言的な意味合いを持つ場合があることを認めました。これが「作成行為の法理(Act of Production Doctrine)」です。文書を提出するという行為は、言葉を発せずとも、以下の事実を暗黙のうちに認める(証言する)ことになります。
- 要求された文書が存在すること。
- その文書を自分が所持または管理していること。
- その文書が召喚状に記載された通りのものであること(真正であること)。
もし、これらの暗黙の「証言」が、その人物を刑事訴追に結びつける重要な鎖の一環となる場合、提出行為は自己負罪拒否特権によって保護され、提出を拒否することができます。
この法理を乗り越えるため、政府が用いるのが「既知の事実の法理(Foregone Conclusion Doctrine)」です。政府が、提出を求める文書の存在、証人による所持、真正性を、提出行為とは独立した証拠によってすでに知っており、それらがもはや「既知の事実」となっている場合には、提出行為は新たな情報を政府に与えるものではなく、証言的な価値を失います。したがって、特権は適用されず、証人は文書の提出を強制されます。この法理は、大陪審による複雑な金融犯罪捜査などにおいて、文書提出をめぐる重要な争点となっています。