前章までの捜索・差押えや取調べといった伝統的な捜査手法に加え、現代の警察は、その他の高度に技術的な手法も用いています。本章では、その中でも特に重要な3つの領域、すなわち「人物特定手続」「おとり捜査」、そして「電子的監視」を取り上げ、それぞれを規律する法的な枠組みを解説します。これらの手法は、犯罪の立証に極めて有効である一方、誤判や政府による権力の濫用といった深刻なリスクを伴うため、合衆国憲法および制定法によって多層的な規制が設けられています。
1. 人物特定手続(Identification Procedures)
犯罪捜査において、目撃者の記憶に基づき被疑者を特定する手続は、決定的に重要な役割を果たします。しかし、人間の記憶の可塑性と、手続自体がもたらす誘導のリスクから、目撃者による人物特定は、誤判を生む最大の原因の一つであると長年指摘されてきました。この危険を緩和するため、最高裁判所は、修正6条の弁護権と修正14条のデュー・プロセスという、2つの憲法上の防衛線を用意しました。
(1) 修正第6条・弁護人の立会権(Wade-Gilbertルール)
1967年、最高裁判所は「United States v. Wade」及び「Gilbert v. California」という一対の判決において、「決定的段階(critical stage)」における被告人の弁護人依頼権を、公判前の人物特定手続にも拡張しました。裁判所は、警察が実施するlineup(複数の人物を並べて目撃者に犯人を指摘させる手続)が、被告人にとって極めて不利な状況を生み出しやすいものと認定しました。したがって、正式な訴追が開始された後(post-indictment)に行われる物理的なlineupには、被告人の弁護人が立ち会う権利があると判示しました。弁護人の不在下で行われたlineupによる人物特定は、それ自体が公判で証拠として用いられず、さらに、その目撃者が法廷で被告人を犯人として指摘すること(法廷内人物特定)も、検察官がその指摘が違法なラインナップとは独立した源泉に基づくことを証明できない限り、許されません。
しかし、この「Wade-Gilbertルール」の適用範囲は、その後の判例で限定されています。最高裁判所は、Kirby v. Illinois(1972年)において、この権利はあくまで正式な司法的敵対関係が開始された後にのみ「付着」するとして、起訴前のlineupには適用されないと判断しました。さらに、United States v. Ash(1973年)では、複数の写真を並べて見せるフォトアレイ(photo array)による人物特定には、たとえそれが起訴後に行われたものであっても、弁護人の立会権は及ばないと判示しました。その理由として、写真による人物特定では、被告人自身が直接捜査官と対峙するわけではなく、弁護人が対抗すべき専門家としての検察官も存在しないため、「決定的段階」にはあたらないとされました。
(2) デュー・プロセスによる規制
弁護人の立会権が及ばない場面(起訴前lineupやフォトアレイなど)においても、人物特定手続は野放しにされるわけではありません。修正14条のデュー・プロセス条項が、もう1つの防衛線となります。Stovall v. Denno(1967年)判決によれば、人物特定手続が「不必要に誘導的(unnecessarily suggestive)」であり、かつ、「回復不能な誤認(irreparable mistaken identification)」につながるような状況下で行われた場合、その手続はデュー・プロセスに違反し、そこで得られた人物特定は証拠として排除されます。
このデュー・プロセス・テストは、Manson v. Brathwaite(1977年)で確立された二段階の判断枠組みで適用されます。
- 手続の誘導性: まず、裁判所は、警察が用いた人物特定手続が「不必要に誘導的」であったかを判断します。例えば、フォトアレイの中で被告人の写真だけがカラーである、ラインナップの中で被告人だけが特定の服装をしている、といった状況がこれにあたります。
- 信頼性の全体的考察: 手続が不必要に誘導的であったと認定されても、それだけで直ちに証拠が排除されるわけではありません。次に、その不適切な手続にもかかわらず、目撃者による人物特定が「全体的事情(totality of the circumstances)」に照らして信頼できるかを判断します。この信頼性判断の際に考慮されるのが、Neil v. Biggers(1972年)で示された5つの要素です。
- 目撃者が犯行時に犯人を見る機会
- 目撃者の注意の度合い
- 犯人に関する目撃者の事前の人相書などの正確さ
- 人物特定時の目撃者の確信の度合い
- 犯行時から人物特定時までの経過時間
これらの要素を総合的に検討した結果、人物特定に十分な信頼性があると判断されれば、たとえ手続に誘導的な点があったとしても、その証拠能力は肯定されます。
2. おとり捜査とエントラップメント(Entrapment)
麻薬取引や汚職など、被害者なき犯罪や合意に基づく犯罪の捜査において、警察官が身分を隠して犯罪組織に潜入したり、犯罪の機会を提供したりする「おとり捜査」は不可欠な手法です。しかし、政府の働きかけが度を過ぎると、本来犯罪を犯すつもりのなかった人物を犯罪に引きずり込む危険があります。このような政府の不適切な行為から個人を保護するために認められているのが「エントラップメント(陥穽、Entrapment)」の抗弁です。これは憲法上の権利ではなく、連邦・各州の制定法や判例法によって確立された抗弁です。エントラップメントが成立するか否かの判断基準には、主に2つの対立する考え方があります。
(1) 主観的テスト(Subjective Test)
連邦裁判所および多数の州が採用しているのが主観的テストです。このテストの焦点は、被告人の精神状態、すなわち「素因(predisposition)」の有無にあります。このテストの下でエントラップメントの抗弁が成立するためには、以下の2つの要件が満たされなければなりません。
- 政府による誘導(Government Inducement): 犯罪が政府(警察官等)の働きかけによって引き起こされたこと。
- 素因の欠如(Lack of Predisposition): 被告人が、政府の働きかけがなければその犯罪を犯す傾向(素因)を持っていなかったこと。
言い換えれば、政府が「罪なき者(otherwise innocent)」を唆して犯罪者に仕立て上げた場合にのみ、抗弁は認められます。被告人がもともと犯罪を犯す意思や準備ができていた場合、たとえ政府がその機会を提供したとしても、エントラップメントは成立しません。被告人の素因の有無を判断する際には、過去の犯罪歴、犯罪行為への迅速な同意、専門知識の有無などが考慮されます。
(2) 客観的テスト(Objective Test)
少数の州や模範刑法典が採用するのが客観的テストです。こちらのテストでは、被告人の主観的な精神状態や素因は一切問われません。焦点は、もっぱら政府側の行為の性質にあります。問題となるのは、「政府の捜査手法が、通常は法を遵守している人物にさえ犯罪を犯させるような、相当なリスクを生み出すものであったか」という点です。過度の説得、脅迫、異常に魅力的な報酬の提供など、警察の行為自体が不適切であったかどうかが審査されます。このアプローチは、個々の被告人の素因を問わず、警察の不適切な捜査活動そのものを抑止することを目的としています。
3. 電子的監視
現代社会におけるコミュニケーションの電子化は、捜査手法にも革命をもたらしました。しかし、電話の傍受や電子メールの監視といった活動は、修正4条が保障する「プライバシーに対する合理的な期待」を侵害する深刻なリスクを伴います。Katz v. United States判決(第3章参照)が憲法上の基本的な保護を確立しましたが、議会は、より具体的かつ包括的な規制の必要性から、制定法による詳細なルールを設けました。
その中核をなすのが、1968年に制定された通信傍受法(Wiretap Act)、通称「タイトルIII」です。この法律は、政府機関が令状なくしてリアルタイムの「有線通信(wire communication)」(電話等)や「口頭の会話(oral communication)」(盗聴器で拾う会話等)、「電子通信(electronic communication)」(電子メール、テキストメッセージ等)を「傍受(intercept)」することを原則として禁止しています。
通信傍受の令状を取得するための要件は、通常の捜索令状よりもはるかに厳格です。捜査機関は、相当な理由に加え、以下の点を裁判官に示さなければなりません。
- 傍受が特定の犯罪の捜査に関連していること。
- 傍受対象の通信から特定の犯罪に関する情報が得られると信じるに足る理由があること。
- 必要性(Necessity): 他の通常の捜査手法が失敗した、あるいは成功の見込みがないか、危険すぎること。
- 傍受の対象となる人物や場所を特定すること。
- 傍受をいかにして「最小化(minimize)」するか(捜査に関係のない会話の傍受を避けるための措置)。
これらの厳格な要件は、電子的監視という極めてプライバシー侵害の度合いが高い捜査手法を、真に必要な場合にのみ、かつ最小限の範囲で用いることを保証するためのものです。