第4章 取調べと自白

被疑者からの自白は、「証拠の女王」と称されるように、事件解決への最も確実な道筋を提供するものとして古くから捜査の中心に位置づけられてきました。しかし、密室で行われる警察の取調べは、無実の者に虚偽の自白を強いる危険性を常にはらんでいます。アメリカの刑事司法制度は、この自白の重要性と、その獲得過程における人権侵害のリスクとの間で、絶えず緊張関係に置かれてきました。これに対し、合衆国最高裁判所は、3つの異なる憲法上の柱を打ち立てました。すなわち、修正14条の「デュー・プロセス条項」、修正5条の「自己負罪拒否特権」、そして修正6条の「弁護人の援助を受ける権利」です。本章では、これら3つの法理が、いかにして警察による取調べを規律し、自白の証拠能力を判断するための複雑なルールを形成してきたのかを解き明かします。

1. デュー・プロセスと任意性テスト

歴史的に見て、自白の証拠能力を判断するための最初の憲法上の基準は、修正14条のデュー・プロセス条項から導かれた「任意性テスト(Voluntariness Test)」でした。この法理の根底には2つの理念があります。1つは、物理的な拷問や心理的な圧迫によって得られた自白は、虚偽である可能性が高く信頼性に根本的な疑問があるという点です。もう1つは、たとえ自白が真実であったとしても、政府が個人の意思を打ちのめすような暴力的な手段を用いて証拠を収集することは、文明社会の基本的な公正観念に反し許されないという点です。

任意性テストは、「全体的事情(totality of the circumstances)」を総合的に考慮し、自由な意思(free will)が警察によって「打ち砕かれた(overborne)」結果なされた自白ではないかを判断します。この判断において、裁判所は以下のような多岐にわたる要素を検討します。

  • 被疑者の個人的特性: 年齢、教育水準、知能、英語能力、過去の刑事手続の経験、取調べ時の身体的・精神的状態(疲労、負傷、薬物の影響など)。
  • 取調べの状況と警察の戦術:
    • 物理的強制: 暴力、脅迫、武器の使用。
    • 心理的圧迫: 長時間にわたる取調べ、睡眠・食事・医療の剥奪、外部との連絡の遮断。
    • 欺瞞: 証拠の存在を偽る、共犯者が自白したと嘘をつくなどの策略。ただし、警察による一定程度の欺瞞は許容される傾向にあります。
    • 約束・脅迫: 寛大な処遇を約束することや、不利益を示唆すること。

例えば、被疑者を何日間も独房に監禁し交代で昼夜を問わず取調べを続けた末に得られた自白(Ashcraft v. Tennessee, 1944年)や、腹部を撃たれ重傷を負った被疑者に対し大量のモルヒネを投与した上で病院のベッドで行われた執拗な取調べによる自白(Mincey v. Arizona, 1978年)は、任意性がないとして証拠能力が否定されました。

しかし、この任意性テストには限界がありました。判断基準が「全体的事情」という流動的なものであるため、予測可能性に欠け、判断が裁判官の主観に左右されやすかったのです。また、何が「意思を打ち砕く」行為にあたるのかが一義的に明らかでなく、警察官に明確な行動指針を与えることが困難でした。こうした背景から、最高裁判所は、より明確なルールを模索することになります。

2. 自己負罪拒否特権(修正5条)とミランダ準則

任意性テストの限界を克服し、警察による取調べのあり方を根底から変革したのが、Miranda v. Arizona(1966年)判決によって確立された、いわゆる「ミランダ準則(Miranda Rule)」です。最高裁判所は、被疑者が警察署の取調室という密室に置かれること自体が、本質的に強い心理的強制力を伴うと指摘しました。この「固有の強制力(inherent compulsion)」から被疑者を保護するためには、修正5条の自己負罪拒否特権を実質的に保障するための、具体的な手続的保障が必要であると結論づけたのです。

(1) ミランダ警告の確立と内容

ミランダ判決は、警察が「身柄拘束下にある(in custody)」被疑者を取り調べようとする際には、事前に以下の4つの権利を告知しなければならないと義務付けました。これが世界的に有名な「ミランダ警告(Miranda Warnings)」です。

  1. あなたには黙秘する権利があります。(You have the right to remain silent.)
  2. あなたの供述は、法廷であなたに不利な証拠として用いられることがあります。(Anything you say can and will be used against you in a court of law.)
  3. あなたには弁護士に依頼する権利があります。(You have the right to an attorney.)
  4. もし弁護士を依頼する経済的余裕がなければ、公費で弁護士を選任してもらう権利があります。(If you cannot afford an attorney, one will be appointed for you prior to any questioning if you so desire.)

この警告は、被疑者が自らの権利を十分に認識し、その上で行使するか否かを判断できるようにするための前提条件です。警察がこの告知を怠ったり不十分な形で行ったりした場合、その後の取調べで得られた自白は、たとえ任意になされたものであっても、原則として公判で証拠として用いることができません。

(2) 適用要件:「身柄拘束(Custody)」と「尋問(Interrogation)」

ミランダ警告が必要となるのは、「身柄拘束(Custody)」「尋問(Interrogation)」という2つの要件が揃った場面に限られます。

  • 身柄拘束(Custody): これは、正式な逮捕に限りません。重要なのは、「被疑者の立場に置かれた合理的な人物が、自由に立ち去ることができないと感じるであろう状況」であるか否かです。例えば、警察署の取調室に連れて行かれ、ドアを閉められた状況は通常「身柄拘束」にあたります。一方で、路上での一時的な呼び止めや、被疑者が自発的に警察署に出頭しいつでも帰れると告げられている状況下での事情聴取は、通常「身柄拘束」とは見なされません。
  • 尋問(Interrogation): これもまた、直接的な質問に限られません。ミランダ準則における「尋問」とは、明示的な質問に加え、警察官が「被疑者から犯罪についての供述を引き出すことが合理的に見込まれるあらゆる言動(functional equivalent)」を含むとされています。例えば、警察官同士が被疑者の聞こえる場所で、「この近くには障害を持つ児童の学校がある。凶器の散弾銃が子供たちの手に渡ったら大変なことになるな」と会話した結果、被疑者が銃の隠し場所を自白したケース(Rhode Island v. Innis, 1980年)では、これが尋問にあたるかが争点となりました。

(3) 権利の行使と放棄(Waiver)

ミランダ警告を受けた被疑者は、その権利を行使することも、放棄することもできます。

  • 権利の放棄(Waiver): 被疑者が自白した場合、検察官は、その被疑者が自らの権利を「認識し、理解した上で、任意に(knowingly, intelligently, and voluntarily)」権利を放棄したことを証明しなければなりません。放棄は、書面や口頭で明示的に行われる必要はなく、警告を理解した上で自発的に話し始めるなど、黙示的なものでもよいとされています。
  • 権利の行使(Invocation):
    • 黙秘権の行使: 被疑者が「いかなる形であれ、いかなる時でも」黙秘したいとの意思を表明した場合、取調べは直ちに中止されなければなりません。ただし、その意思表示は「明確(unambiguous)」でなければならないとされています。「弁護士と話した方がいいかもしれない」といった曖昧な表現では、権利行使とは見なされません。一度黙秘権が行使されても、警察は、相当な時間が経過した後、再度ミランダ警告を行った上で、別の犯罪について取調べを再開することは可能とされています。
    • 弁護人の援助を受ける権利の行使: 被疑者が弁護士を付けてほしいと要求した場合、その後のルールはより厳格になります。取調べは直ちに中止され、「弁護人が同席するまで」再開することはできません。このエドワーズ・ルールの例外は、①被疑者自身が警察との対話を再開した場合、又は、②身柄拘束から解放された後で14日以上が経過した場合に限られます。この弁護人の援助を受ける権利の行使は、黙秘権の行使よりも強力な保護を被疑者に与えるものです。

3. 弁護人の援助を受ける権利(修正6条)と取調べ

警察による取調べを規律する第三の柱が、修正6条の「弁護人の援助を受ける権利(Right to Counsel)」です。これは、ミランダ準則の根拠である修正5条とは異なる、独立した権利です。

(1) マサイア・ルール(Massiah Rule)

修正6条の権利は、「正式な司法的敵対関係(formal adversarial judicial proceedings)」が開始された時点で「付着(attaches)」します。これは、具体的には、起訴・予備審問・罪状認否手続等が行われた時点を指します。

Massiah v. United States(1964年)判決で確立されたこのルールによれば、ひとたび修正6条の権利が付着した後は、政府(警察やその指示を受けた情報提供者を含む)は、弁護人の不在下で、被告人から「意図的に供述を引き出す(deliberately elicit)」ことが禁じられます。Massiah事件では、起訴され保釈中の被告人に対し、共犯者になりすました政府の情報提供者が車内で会話を交わし、 incriminating statementsを引き出した行為が違憲とされました。

(2) 修正6条とミランダ準則の比較

両者はしばしば混同されますが、その性質は大きく異なります。

ミランダ準則(修正5条)マサイア・ルール(修正6条)
権利の根拠固有の強制力を持つ身柄拘束下の取調べから被疑者を保護するため正式な訴追を受け、国家と対峙する「被告人」を弁護するため
権利の発生時期「身柄拘束」+「尋問」の時点「正式な司法的敵対関係」の開始時点(起訴、罪状認否など)
権利の適用範囲犯罪の種類を問いません犯罪ごと(Offense-specific)。起訴された犯罪についてのみ適用されます。
権利放棄の要件警告後の「認識・理解した上での任意の」放棄が必要警告後の「認識・理解した上での任意の」放棄が必要
禁止される行為身柄拘束下の「尋問」弁護人不在下での「意図的な引き出し」

例えば、A罪で起訴された被告人を、警察がB罪(未起訴)の容疑で取り調べる場合を考えます。この被告人には、A罪について修正6条の権利が付着しています。したがって、警察は弁護人不在でA罪について意図的に供述を引き出すことはできません。しかし、B罪についてはまだ修正6条の権利は付着していないため、警察は、ミランダ警告を与え、被告人が権利を放棄すれば、B罪について取り調べることは可能です。

このように、デュー・プロセスによる任意性テスト、修正5条に基づくミランダ準則、そして修正6条のマサイア・ルールは、それぞれ異なる時点と状況で被疑者・被告人を保護します。これらの法理が重層的に機能することで、アメリカの刑事司法制度は、自白という強力な証拠を求めつつも、その獲得過程における公正さと個人の尊厳を確保しようとしています。