第15章 二重の危険(Double Jeopardy)

「何人も、同一の犯罪について、重ねて生命または身体の危険にさらされることはない」。

修正5条に簡潔に記されたこの一文は、「二重の危険の禁止」として知られ、アメリカ刑事司法における最も古く根本的な原則の一つです。この条項の根底には、強大な権力と資源を持つ国家が、1人の個人に対して、その財産・感情・身体をすり減らすまで、繰り返し有罪判決を得ようと試みることを防ぐという目的があります。一度、司法手続が最終的な結論に達したならば、その判断は尊重されなければなりません。この「終結性(finality)」の理念は、被告人に安心感を与え、司法制度全体の正当性を維持するために不可欠です。

1. 二重の危険禁止の原則(修正5条)

二重の危険の禁止条項は、具体的に3つの異なる状況から被告人を保護します。

  1. 無罪判決後の再訴追の禁止: 一度、事実認定者(陪審または裁判官)によって無罪(acquittal)と判断された場合、検察官は、たとえその無罪判決が明白な事実誤認や法律解釈の誤りに基づくものであったとしても、同じ犯罪で被告人を再び訴追することは絶対に許されません。無罪判決の終結性は、この原則の最も神聖な部分です。
  2. 有罪判決後の再訴追の禁止: 一度、ある犯罪で有罪判決を受け、その判決が確定した場合も、検察官は同じ犯罪で被告人を再び訴追することはできません。
  3. 同一犯罪に対する多重処罰の禁止: 1つの刑事手続の中で、同一の犯罪に対して複数の刑罰を科すことを禁じます。

2. 危険の付着時期(Attachment of Jeopardy)

二重の危険による保護は、刑事手続の開始と同時に自動的に発生するわけではありません。保護が開始される、すなわち「危険が付着する」特定の時点が存在します。この時点を過ぎて初めて、被告人は二重の危険を主張することができます。

  • 陪審裁判の場合: 危険は、陪審が選任され、宣誓した時点で付着します。
  • 裁判官裁判(Bench Trial)の場合: 危険は、最初の証人が宣誓し証言を開始した時点で付着します。
  • 有罪答弁の場合: 危険は、裁判所が被告人の有罪答弁を正式に受け入れた時点で付着します。

この「付着」の時点は極めて重要です。例えば、陪審が宣誓する前に検察官が訴追を取り下げた場合、危険はまだ付着していないため、検察官は後に同じ罪で被告人を再訴追することができます。

3. 「同一の犯罪(Same Offense)」の定義

二重の危険の禁止が適用されるのは、「同一の犯罪」に対する再訴追です。では、何をもって2つの犯罪が「同一」と見なされるのでしょうか。この問いに対する伝統的かつ支配的な基準が、Blockburger v. United States(1932年)判決で確立された、いわゆる「ブロックバーガー・テスト」または「同一構成要件テスト(Same-Elements Test)」です。

この判断基準によれば、「それぞれの犯罪が、もう一方の犯罪には含まれない、独自の構成要件の証明を必要とする」場合、それらは「同一の犯罪」ではありません。逆に、一方の犯罪の全ての構成要件が、もう一方の犯罪の構成要件に完全に含まれてしまう場合(いわゆる「小包含犯罪(Lesser Included Offense)」の関係)、それらは「同一の犯罪」と見なされます。

例えば、

  • Joyriding(所有者の同意なく車を一時的に使用する罪)とAuto Theft(永久に所有権を奪う意思で車を盗む罪)を考えます。自動車窃盗は「永久に奪う意思」という独自の要件を必要とし、喜び乗りは「一時的に使用する」という独自の要件を持つとします。この場合、両者はブロックバーガー・テスト上、異なる犯罪となり、一方の罪で無罪となっても、もう一方の罪で訴追される可能性があります。
  • しかし、武装強盗(Armed Robbery)と強盗(Robbery)では、強盗の全ての構成要件は武装強盗の構成要件に完全に含まれています。したがって、これらは「同一の犯罪」であり、一方の罪で判決が確定すれば、もう一方の罪で訴追することはできません。

4. ミストライアル(審理無効)と再訴追

公判が評決に至らず、途中で終了すること(審理無効、Mistrial)は珍しくありません。審理無効後の再訴追が二重の危険の禁止に違反するか否かは、審理無効が宣言された理由によって決まります。

  • 被告人の申立て又は同意による審理無効: 被告人側が審理無効を申し立てたか、それに同意した場合、再訴追は原則として許されます。被告人は、自ら評決に至らないことを選択したことで、再訴追の可能性を受け入れたと見なされるからです。ただし、検察官や裁判官が、弁護側の不利な状況を覆すために意図的に被告人を挑発して審理無効の申立てをさせた(goad)という例外的な状況では、再訴追は禁じられます。
  • 職権または検察官の申立てによる審理無効: 被告人の反対にもかかわらず、裁判所が職権で、又は、検察官の申立てに基づき審理無効を宣言した場合、再訴追が許されるのは、審理無効に「明白な必要性(manifest necessity)」があった場合に限られます。この基準は非常に厳格です。「明白な必要性」が認められる最も典型的な例は、陪審が長時間評議しても意見が一致せず、評決に至らない「評決不一致(hung jury)」の場合です。

5. 争点効(Collateral Estoppel)

二重の危険の原則には、「争点効(Collateral Estoppel)」または「争点遮断効(Issue Preclusion)」として知られる、より特殊なルールが内包されています。これは、Ashe v. Swenson(1970年)判決で憲法上の原則として確立されました。

争点効によれば、「ある究極的な事実争点(issue of ultimate fact)が、一度、有効かつ確定的な判決によって決定されたならば、その争点を、同じ当事者間で、後の訴訟において再び争うことはできない」とされています。

Ashe事件がその典型例です。被告人は、ポーカーゲーム中の6人のプレイヤーを同時に強盗したとして訴追されました。最初の裁判では、被害者の1人(A)に対する強盗罪で審理が行われましたが、陪審は、犯行の存在は認めつつも、犯人が被告人であるという点に合理的な疑いが残るとして、無罪判決を下しました。その後、検察官は、別の被害者(B)に対する強盗罪で被告人を再び訴追しました。最高裁判所は、これを違憲と判断しました。最初の裁判の無罪判決は、「被告人がその場にいた犯人ではない」という究極的な事実争点を、被告人に有利な形で確定的に決定したからです。したがって、国家は、後の裁判で、被告人がその場にいた犯人であると主張し同じ争点を蒸し返すことは許されない、と判断したのです。

二重の危険の禁止は、単なる手続上のルールではなく、国家と個人の力の非対称性を是正し、司法判断の終結性を確保することで、個人の自由と尊厳を守るための、憲法上の基本的な防壁なのです。