公判(Trial)は、国家(検察官)が被告人の罪を、合理的な疑いを超えるまで(beyond a reasonable doubt)証明しようと試みる、厳粛な真実発見の場です。この対審制度の核心部において、被告人の生命や自由という最も基本的な権利が危険にさらされるからこそ、合衆国憲法は、その手続が公正に行われることを保証するための、幾重もの防壁を設けています。それは、公平な判断者としての裁判官、報道の自由との緊張関係の中で行われる公開の審理、そして被告人に与えられた数々の防御権によって具体化されます。
1. 公正・公平な裁判官に対する権利
陪審が事実認定者であるとしても、公判手続全体を主宰し、法律問題を判断し、陪審を指導する裁判官が公平であることは、公正な裁判の絶対的な前提条件です。デュー・プロセス条項は、被告人が、偏見や利害関係のない、中立・公平な(neutral and detached)裁判官によって裁かれる権利を保障しています。
この権利が侵害される典型的なケースは、裁判官が事件に対して金銭的な利害関係(pecuniary interest)を持つ場合です。例えば、裁判官の給与が、被告人から徴収する罰金の額に連動しているような制度は、明らかに違憲です。
また、金銭的な利害関係がなくとも、裁判官が事件や当事者に対して明白な偏見(actual bias)を抱いている場合も、公正な裁判官に対する権利の侵害となります。例えば、裁判官が過去にその事件の検察官であった場合や、被告人に対して個人的な敵意を表明したような場合がこれにあたります。このような状況では、被告人は裁判官の忌避(recusal or disqualification)を申し立てることができます。その判断基準は、単に裁判官の主観的な公平性だけでなく、「平均的な裁判官が、その状況下で公平性を保つことが困難であると見なされるか」という客観的な基準も用いられます。
2. 公開裁判の原則と報道の自由
修正6条は、被告人に「公開の(public)」裁判を受ける権利を保障しています。この公開原則は、主に被告人の利益を守るために存在します。
- 裁判が公開されることで、証人は偽証をしにくくなります。
- 未知の証人が名乗り出るきっかけとなる可能性があります。
- 裁判官や検察官の不当な振る舞いに対する牽制となります。
- 一般市民に司法への信頼感を与えます。
しかし、この被告人の権利は、修正1条が保障する報道の自由(freedom of the press)および公衆の知る権利と密接に結びついています。最高裁判所は、報道機関と公衆にも、刑事裁判を傍聴する憲法上の権利があることを認めています。
この2つの権利は、時に激しく衝突します。特に注目度の高い事件では、メディアによる過熱報道が被告人に対する予断や偏見を生み出し、被告人が公平な陪審による裁判を受ける権利を脅かすことがあります。この緊張関係を緩和するため、裁判所は様々な対策を講じることができます。
- 裁判地の変更(Change of Venue): 偏見の蔓延した地域から、より中立的な地域へ裁判の場所を移します。(第11章参照)
- 陪審員の隔離(Jury Sequestration): 公判期間中、陪審員をホテルなどに宿泊させ、外部からの情報(特に報道)を完全に遮断します。
- 報道規制(Gag Orders): 裁判官が、事件関係者(検察官、弁護人、証人など)に対し、法廷外で事件についてメディアに語ることを禁じる命令です。
- 公判手続の閉鎖: 極めて例外的な状況下では、裁判所は公判手続の一部を非公開とすることができます。ただし、そのためには、公開が被告人の公正な裁判を受ける権利に「実質的な脅威」をもたらし、かつ、閉鎖以外のより制限的でない手段ではその脅威を排除できないことを証明しなければなりません。
3. 公判における被告人の権利
対審制度の当事者として、被告人には、検察官の主張を効果的に争うための、憲法上保障された強力な権利が与えられています。
(1) 対面権(Confrontation Clause)と反対尋問
修正6条の対面権は、「被告人は、自己に不利な証人(witnesses against him)と対面する権利を有する」と定めています。この権利の核心は、証拠の信頼性を確保することにあります。そのための手段として、①証人を物理的に被告人の面前(face-to-face)に出廷させること、②証人に宣誓させること、③反対尋問(cross-examination)の機会を保障することが挙げられます。反対尋問は、「真実発見のための最も偉大な法的発明」と称され、検察側証人の証言の矛盾・曖昧さ・偏見・記憶の誤りを暴き出すための、被告人にとって最も重要な防御ツールです。
この対面権の現代的解釈を決定づけたのが、画期的なCrawford v. Washington(2004年)判決です。この判決以前は、伝聞証拠(法廷外での供述)であっても、「信頼性の特段の保障」があれば、対面権に違反しないとされてきました。しかしCrawford判決は、この基準を覆し、「証言的(testimonial)」な性質を持つ伝聞証拠については、原則として対面権が適用されると判示しました。
- 「証言的」な供述とは: 警察による取調べでの供述や、予備審問での証言など、将来の刑事手続で使用されることを合理的に予期してなされた供述を指します。一方、緊急事態に対処するために助けを求めて行われた911番通報などは、通常「非証言的」と見なされます。
- Crawfordルール: 「証言的」な供述を公判で用いるためには、①その供述者(declarant)が証人として出廷できないこと(unavailable)、かつ、②被告人が過去にその供述者を反対尋問する機会を有していたこと、という2つの要件を満たさなければなりません。
このルールは、特に家庭内暴力事件などで、被害者が後に証言を拒否した場合に、その被害者が警察に行った当初の供述を証拠として使えるか、といった場面で大きな影響を及ぼしています。
(2) 黙秘権(証言拒否権)と証言権
修正5条は、何人も「刑事事件において、自己に不利益な供述を強制されない」と定め、被告人に証言を拒否する権利(黙秘権)を保障しています。被告人は、自ら望まない限り、証言台に立つことを一切強制されません。
この権利を実効的なものとするため、Griffin v. California(1965年)判決は、検察官が、被告人が証言しなかったという事実について、法廷で言及したり、それに基づいて被告人に不利な推認を行うよう陪審に示唆したりすることを禁じています。さらに、被告人の請求があれば、裁判官は陪審に対し、被告人の黙秘から不利な推認を導き出してはならないと、明確に説示する義務があります。
一方で、被告人には、自らの意思で証言台に立ち、自己の弁明を行う証言権(Right to Testify)も、デュー・プロセス上の権利として保障されています。証言するか否かの最終的な決定権は、弁護人の戦術的判断ではなく、被告人自身にあります。
4. 公判の進行
刑事公判は、厳格なルールに基づき、秩序立てて進行します。
- 冒頭陳述(Opening Statements): まず検察官が、続いて弁護人が、これから公判で何を証明しようとするのか、その事件のストーリーと証拠のロードマップを陪審に提示します。これは証拠ではなく、あくまで主張の概要です。
- 検察側の立証(Prosecution’s Case-in-Chief): 検察官が、証人尋問や証拠物の提出を通じて、犯罪の構成要件を一つひとつ証明していきます。検察官による証人尋問(直接尋問)が終わると、弁護側がその証人を反対尋問します。
- 弁護側の無罪評決申立て(Motion for a Directed Verdict of Acquittal): 検察側の立証が終了した時点で、弁護側は、「検察官が提出した証拠を全て真実と仮定しても、合理的な陪審が有罪と判断するには不十分である」として、裁判官に無罪評決を出すよう申し立てることができます。
- 弁護側の立証(Defense’s Case-in-Chief): 申立てが却下されると、弁護側が自らの証人を尋問し、証拠を提出します。アリバイや正当防衛といった積極的抗弁を主張する場合などがこれにあたります。
- 最終弁論(Closing Arguments): 全ての証拠調べが終わった後、当事者双方が、法廷に提出された証拠を総括し、なぜ陪審が自らの主張に沿った評決を下すべきかを論じます。弁論には厳しい制約があり、証拠に基づかない事実を述べたり、自らの個人的な意見を表明したり、陪審員の感情や偏見に訴えかけたりすることは許されません。特に検察官には、正義の実現という公益的な役割から、より高い倫理性が求められます。
- 陪審説示(Jury Instructions): 裁判官が、陪審に対して、この事件に適用されるべき法律の内容を説明します。これには、犯罪の構成要件、無罪の推定、検察官の証明責任(合理的な疑いを超える証明)、そして当事者の主張に関連する法的定義などが含まれます。
- 陪審の評議と評決(Jury Deliberation and Verdict): 説示を受けた陪審は、評議室に退き、非公開で討議を行います。評議の結果、全員の意見が一致すれば、有罪(guilty)または無罪(not guilty)の評決(verdict)に至ります。意見が一致しなければ、評決不一致(hung jury)となり、審理無効(mistrial)となります。