第13章 陪審裁判と陪審員の選任

アメリカの刑事司法制度を象徴する存在、それが陪審裁判(Jury Trial)です。政府(検察官)と被告人との間の争いを、専門家である裁判官ではなく地域社会から選ばれた一般市民(陪審員)の判断に委ねるこの制度は、国家権力の濫用に対する最も重要な防壁であり、被告人が「同輩(peers)」によって裁かれるという民主主義的理念の現れでもあります。修正6条によって保障されたこの権利は、単に公判に陪審員が参加するという形式的な意味に留まりません。それは、陪審を構成する市民が誰であるのか、そして彼らがいかにして選ばれるのかという、選任プロセスそのものの公正さによって支えられています。

1. 陪審裁判を受ける権利(修正6条)

修正第6条は、「すべての刑事訴追において、被告人は、犯罪が行われた州および地区の公平な陪審による、迅速な公開の裁判を受ける権利を有する」と規定しています。この権利は、政府による濫用的な訴追を防ぎ、被告人と訴追者との間に、地域社会の常識を代表する一般市民の判断を介在させることを目的としています。

(1) 適用範囲

陪審裁判を受ける権利は、全ての刑事事件に適用されるわけではありません。最高裁判所は、Duncan v. Louisiana(1968年)判決において、この権利が適用されるのは歴史的に陪審裁判の対象とされてきた「重大な犯罪(serious offenses)」に限られると判断しました。一方、「軽微な犯罪(petty offenses)」については、陪審裁判は憲法上要求されません。

では、「重大な犯罪」と「軽微な犯罪」を分かつ境界線はどこにあるのでしょうか。最高裁判所は、主に「法律が定める最大の刑罰」を客観的な基準として用います。Baldwin v. New York(1970年)判決により、6ヶ月を超える禁固刑が科されうる犯罪は、原則として「重大な犯罪」と見なされ、被告人は陪審裁判を受ける権利を有します。逆に、考えうる最大の刑期が6ヶ月以下である場合は「軽微な犯罪」と推定され、通常、陪審裁判の権利は保障されません。

(2) 陪審の規模(Jury Size)

コモンロー上の伝統では、刑事陪審は12人の陪審員で構成されるのが通例でした。しかし、最高裁判所は、Williams v. Florida(1970年)判決において、12人という数字は歴史的な偶然に過ぎず、憲法上の要請ではないと判断しました。そして、州の刑事裁判において6人の陪審員で裁判を行うことも合憲であるとしました。裁判所は、陪審の目的である「集団による審議」と「地域社会の常識の反映」という機能は、6人でも十分に果たせると考えたのです。ただし、その後、Ballew v. Georgia(1978年)では、5人の陪審は、集団審議の質や少数意見の代表といった観点から、憲法上許容される下限を下回るとして違憲と判断されており、現在、刑事陪審の最小人数は6人とされています。

(3) 全員一致要件(Unanimity Requirement)

陪審の評決は、全員一致でなければならないのでしょうか。この点に関する法理は、近年、劇的な変化を遂げました。長らく、連邦裁判所では全員一致が規則で定められていましたが、州の裁判所については、最高裁判所はApodaca v. Oregon(1972年)判決で、12人中10人の賛成による有罪評決なども合憲としてきました。

しかし、この長年の判例は、Ramos v. Louisiana(2020年)判決によって覆されました。この画期的な判決で、最高裁判所は、修正6条が保障する陪審裁判の権利は、その制定時の歴史的理解に基づき、「全員一致の評決(unanimous verdict)」を本質的な要素として含んでいると宣言しました。そして、この全員一致の要件も、修正14条を通じて州に完全に適用されると結論づけたのです。これにより、今日では、連邦・州を問わず、重大な犯罪の刑事裁判においては、陪審員全員の意見が一致しなければ有罪・無罪の評決を下すことはできません。もし意見が一致しない場合、それは「評決不一致(hung jury)」となり、裁判は審理無効(mistrial)となります。その場合、検察官は事件を再訴追することができます。

2. 公平な陪審の保障:「公正な断面(Fair Cross-Section)」要件

修正6条は、単に陪審が存在することだけでなく、それが「公平な(impartial)」陪審であることを要求します。この公平性を確保するための第一歩が、陪審員候補者の母集団に関する要件です。

最高裁判所は、Taylor v. Louisiana(1975年)判決において、陪審員候補者名簿が作成される対象となる陪審員候補者プール(jury pool or venire)地域社会の「公正な断面(fair cross-section)」を反映していなければならないという原則を確立しました。これは、人種、性別、民族といった「識別可能な集団(distinctive groups)」が、陪審員候補者となる機会から体系的に排除されてはならないことを意味します。

ただし、注意すべきは、これはあくまで候補者の「プール」に関する要件であり、実際に選ばれる個々の公判陪審(petit jury)が、地域社会の縮図であることまでを要求するものではないという点です。被告人には、特定の人種の陪審員を含む陪審によって裁かれる権利はありません。保障されているのは、特定の集団が意図的に排除されていない、公正な母集団から陪審員が選ばれる機会です。

被告人が公正な断面要件の違反を主張するためには、Duren v. Missouri(1979年)で示された三段階テストをクリアする必要があります。

  1. 排除されたとされる集団が、地域社会において「識別可能な」集団であること。
  2. 候補者プールにおけるその集団の代表の割合が、地域社会におけるその集団の構成員の数と比較して、公正かつ合理的でないこと。
  3. この過小代表が、陪審員選定プロセスにおける「体系的な排除(systematic exclusion)」に起因するものであること。

3. 陪審員選考手続(Voir Dire)

公正な候補者プールが形成された後、次に行われるのが、その中から個々の事件を担当する公平な陪審員を選び出すための手続、「予備尋問(Voir Dire)」です。「真実を語らせる」を意味するこの手続では、裁判官および(または)当事者の弁護士が、陪審員候補者に対して質問を行い、その人物が事件に対して偏見や予断を抱いていないか、公平な立場で証拠を評価し、法の指示に従うことができるかを見極めます。

4. 忌避(Challenges)

予備尋問の結果に基づき、当事者は、特定の陪審員候補者を陪審から除外するよう求めることができます。この権能を「忌避(challenge)」といい、主に2つの種類があります。

(1) 理由付き忌避(Challenge for Cause)

これは、陪審員候補者が、法律上の欠格事由(例えば、事件関係者であること)を持つか、あるいは予備尋問を通じて事件に対して公平な判断を下すことができない明白な偏見(actual bias)を示した場合に、その候補者を排除するために行われます。理由付き忌避の回数に制限はありません。

(2) 専断的忌避(Peremptory Challenge)と差別禁止(Batsonルール)

専断的忌避は、当事者が理由を示すことなく、一定の数の陪審員候補者を除外することを認める制度です。これは、弁護士の直感や戦略に基づき、理由として明確には述べられないものの、自らの当事者に不利な判断を下しそうだと感じる候補者を取り除くために用いられます。

しかし、この理由なき忌避権は、長らく人種差別的な目的のために濫用されてきました。この問題に正面から取り組んだのが、画期的なBatson v. Kentucky(1986年)判決です。この判決で、最高裁判所は、検察官が人種のみを理由として黒人の陪審員候補者を専断的忌避によって排除することは、修正14条の平等保護条項に違反すると判示しました。

Batson判決は、差別的な専断的忌避を判断するための三段階の枠組みを確立しました。

  1. 第一段階(Prima Facie Case): 異議を申し立てる側(通常は弁護側)は、忌避権の行使が人種に基づくものであるという一応の立証(prima facie showing)を行わなければなりません。
  2. 第二段階(Race-Neutral Explanation): 立証がなされると、負担は忌避権を行使した側(通常は検察側)に移り、その忌避が人種とは無関係な、中立的な理由に基づくものであることを説明しなければなりません。
  3. 第三段階(Purposeful Discrimination): 裁判所は、提示された理由と全ての関連事情を考慮し、最終的に異議を申し立てた側が意図的な差別(purposeful discrimination)があったことを証明したか否かを判断します。

このBatsonルールは、その後、被告人が検察官と異なる人種である必要はないとされ、民事事件にも適用され、性別に基づく専断的忌避も禁止され(J.E.B. v. Alabama ex rel. T.B., 1994年)、さらには検察官だけでなく弁護側による差別的な忌避権行使も禁止されるなど(Georgia v. McCollum, 1992年)、その適用範囲を広げています。