第12章 Plea Bargainingと有罪答弁

連邦・州を問わず、全刑事事件の90%以上が、被告人が有罪を認めること(Guilty Plea)によって、公判を経ずに終結しています。この驚異的な数字の背景にあるのが、検察官と弁護人の間で行われる交渉、すなわちPlea Bargainingです。これは、被告人が公判で争う権利を放棄して有罪を認める見返りに、検察官が何らかの譲歩を与えるという合意です。

1. Plea Bargainingの構造と実務

Plea Bargainingは、検察官・弁護人・被告人という三者の利害が複雑に絡み合う中で行われます。検察官にとっては、膨大な数の事件を効率的に処理し、公判で無罪となるリスクを回避して確実に有罪判決を得られるという利点があります。弁護人にとっては、公判で敗訴した場合に科されるであろう、より重い刑罰(”trial penalty”)から依頼人を守ることができます。被告人にとっては、不確実で精神的・経済的負担の大きい公判を避け、より軽い罪や刑で事件を終結させられるというインセンティブが働きます。

(1) 取引の種類

Plea Bargainingには、主に3つの類型が存在します。

  1. 訴因取引(Charge Bargaining): 最も一般的な形態であり、被告人が、本来訴追されている罪よりも軽い罪(Lesser Offense)で有罪を認める取引です。例えば、第一級殺人罪で訴追された被告人が、第二級殺人罪または過失致死罪で有罪を認める見返りに、検察官が第一級殺人罪の訴追を取り下げる、といったケースがこれにあたります。
  2. 量刑取引(Sentence Bargaining): 被告人が訴追された罪で有罪を認める見返りに、検察官が特定の量刑を裁判官に勧告(recommend)することに合意する、あるいは特定の量刑を求刑しないことに合意する取引です。ただし、量刑勧告には裁判官に対する拘束力がない場合も多いです。
  3. 事実取引(Fact Bargaining): 被告人が有罪を認める際に、量刑に影響を与える可能性のある特定の事実関係について、検察官と合意(stipulate)する取引です。例えば、薬物取引事件において、取引された薬物の量を少なく認定することに合意するなどが考えられます。

(2) 裁判官の役割

Plea Bargainingにおける裁判官の役割は、法域によって異なります。連邦刑事訴訟規則では、裁判官がPlea Bargainingの交渉に参加することは明示的に禁止されています。これは、裁判官の参加が被告人に不当な圧力を与え、その中立性を損なう恐れがあるためです。一方、多くの州では、裁判官が交渉に一定程度関与し、合意が成立した場合に受け入れるであろう量刑の範囲を示唆することが許容されています。

2. 有罪答弁(Guilty Plea)の要件

被告人が有罪答弁を行うことは、単なる事実の承認ではありません。それは、以下の極めて重要な憲法上の権利を一度に放棄する、重大な法的行為です。

  • 修正5条の自己負罪拒否特権
  • 修正6条の陪審裁判を受ける権利
  • 修正6条の証人を対面尋問する権利

これらの根本的な権利の放棄が有効であるためには、デュー・プロセスに基づき、その答弁が「任意に、認識し、理解した上で(Voluntarily, Knowingly, and Intelligently)」なされたものでなければなりません。この要件が満たされているかを確認するため、裁判官は被告人に対し、法廷で直接質問を行います。この手続を「答弁受領手続(Plea Colloquy)」といいます。

(1) 任意性(Voluntariness)

有罪答弁は、被告人の自由な意思に基づくものでなければならず、物理的な強制、脅迫、あるいは不適切な約束によって誘発されたものであってはなりません。Plea Bargainingに内在する「より重い刑を避けるために有罪を認める」という圧力自体は、合憲とされています(Brady v. United States, 1970年)。しかし、検察官が「取引に応じなければ、お前の母親も訴追する」と脅迫するような場合は、任意性が否定されます。

(2) 認識性・知性(Knowing and Intelligent)

被告人は、自らの行為が何を意味するのかを十分に理解した上で、合理的な選択として有罪答弁を行わなければなりません。この要件を満たすため、裁判官は答弁受領手続において、被告人が以下の点を理解しているかを確認します。

  • 訴追されている罪の性質と構成要件: どのような行為が、いかなる罪にあたるのか。
  • 有罪答弁によって放棄される権利の内容: 上述の陪審裁判を受ける権利等。
  • 有罪答弁の帰結:
    • 法律が定める最大の刑罰および義務的な最小の刑罰
    • 裁判官がPlea Bargainingの量刑勧告に拘束されない可能性。
    • 有罪判決に伴う付随的結果(Collateral Consequences)。特に、Padilla v. Kentucky(2010年)判決以降、弁護人は、依頼人が外国籍である場合、有罪答弁が国外退去(deportation)につながるリスクについて助言する憲法上の義務を負います。

(3) 事実的基礎(Factual Basis)

裁判官は、被告人が有罪を認めるにあたり、その罪を構成するに足る事実的基礎が存在することを確認しなければなりません。これは、無実の人間が、単に公判のリスクを恐れて虚偽の有罪答弁を行うことを防ぐための重要なセーフガードです。通常、裁判官は被告人自身に犯行内容を説明させるか、検察官に証拠の概要を述べさせることで、この要件を満たします。

3. 答弁合意の履行と違反

一度、裁判所によって有効なものとして受け入れられた答弁合意は、法的な拘束力を持つようになります。その性質は契約(contract)に類似しており、当事者の一方が合意に違反した場合、相手方は救済を求めることができます。

(1) 検察官による違反

検察官が合意内容(例えば、特定の量刑を勧告する約束)を履行しなかった場合、被告人のデュー・プロセス上の権利が侵害されたことになります。この画期的な原則を確立したのがSantobello v. New York(1971年)判決です。この場合、被告人は救済を受ける権利がありますが、その具体的な内容は事案によって異なります。

  • 履行強制(Specific Performance): 別の裁判官の前で、検察官に約束通りの履行を強制させる。
  • 答弁撤回(Withdrawal of the Plea): 被告人に有罪答弁を撤回させ、公判で争う機会を与える。

どちらの救済策を選択するかは、裁判所の裁量に委ねられることが多いです。

(2) 被告人による違反

逆に、被告人が合意内容(例えば、共犯者に対して証言する約束)を履行しなかった場合、検察官は合意を破棄し、当初のより重い罪で訴追を再開することができます。Ricketts v. Adamson(1987年)判決は、このような状況下での再訴追が、二重の危険の禁止には違反しないと判断しました。被告人は、答弁合意を受け入れることで、自らが合意に違反した場合に生じるリスクを自発的に引き受けたものと見なされるのです。