第10章 訴追の決定と審査手続

警察による捜査が終結すると、事件の運命は検察官の手に委ねられます。ここから、刑事手続は公判に向けた正式な段階へと移行します。この移行期において中心的な役割を果たすのが、第1に、訴追を開始するか否かを決定する検察官の広範な裁量であり、第2に、その訴追判断の妥当性を審査するための「予備審問」と「大陪審による起訴審査」です。

1. 検察官の訴追裁量

アメリカの検察官は、刑事司法制度において極めて強力な権限を有しています。その中核をなすのが、訴追を開始するか否か、開始するとしていかなる罪名で訴追するかを決定する広範な訴追裁量(prosecutorial discretion)です。警察が「相当な理由」があるとして被疑者を逮捕し事件を送致したとしても、検察官は、証拠の強弱・事件の重要性・被告人の更生の可能性・利用可能な司法資源といった多様な要素を考慮し、不起訴とすることができます。

この裁量権は、絶対的なものではないものの、憲法上の制約は限定的です。裁判所は、行政府に属する検察官の判断に介入することに伝統的に消極的です。しかし、この裁量が憲法上の保障を侵害する方法で行使された場合には、例外的に司法の審査が及びます。その代表例が、選択的訴追(selective prosecution)の抗弁です。これは、検察官が、人種、宗教、あるいは言論の自由といった憲法上保護された権利の行使といった、許されない基準に基づいて特定の人物を訴追対象として選別したと主張するものです。この抗弁を成功させるためには、被告人は、①同様の状況にある他の者が訴追されていないこと(差別的効果)及び②その差別的な訴追決定が意図的な目的(差別的目的)に基づいていることという極めて重い証明責任を負います。

2. 予備審問(Preliminary Hearing)

検察官が訴追を決定した後、その判断が客観的な審査にかけられる最初の機会が予備審問です。これは、多くの州で採用されている手続であり、その主たる目的は、裁判官が訴追を継続するに足る「相当な理由(Probable Cause)」が存在するかを判断することにあります。これにより、根拠の薄弱な事件を早期にふるいにかけ、被告人が不当に公判の負担を強いられることを防ぎます。

(1) 手続の性質と機能

予備審問は、ミニ法廷ともいえる対審構造(adversarial proceeding)を持ちます。公開の法廷で、検察官が証拠を提出し、証人を尋問します。被告人には、弁護人の援助を受ける権利、検察側証人を反対尋問する権利、そして自ら証人を立てて証言させる権利が保障されています。

この手続は、相当な理由を審査するという本来の機能に加え、被告人にとって重要な副次的機能を持っています。

  • 証拠開示(Discovery): 公判前に検察側の証拠や証人の証言内容を知る貴重な機会となります。
  • 弾劾証拠の確保: 予備審問での証言を記録しておくことで、後の公判で同じ証人が矛盾した証言をした場合に、その信用性を攻撃(弾劾)するための材料とすることができます。
  • 証言の保全: 公判時に証人が死亡したり、出廷不能になったりした場合に備え、予備審問での証言を記録として保全することができます。

(2) 予備審問の結果

裁判官は、提示された証拠を審査し、相当な理由が認められると判断すれば、被告人の身柄を公判のために拘束する(bind over)決定を下します。証拠が不十分と判断されれば、訴えは棄却され、被告人は釈放されます。ただし、予備審問での棄却は、二重の危険の法理における無罪判決とは異なるため、検察官が後に新たな証拠を発見して、再度同じ事件で訴追することは妨げられません。

3. 大陪審による起訴審査(Grand Jury Review)

訴追判断を審査するもう1つの主要なメカニズムが、大陪審による起訴審査です。修正5条は、連邦の重罪事件について「大陪審による起訴状(Indictment)」がなければ訴追されない権利を保障しています。この権利は州には編入されておらず、約半数の州が大陪審制度を維持している一方、残りの州は予備審問と検察官による略式起訴状(Information)の提出という方式を採用しています。

(1) 手続の性質と機能

大陪審による審査は、予備審問とは対照的に、非公開かつ一方的な手続です。

  • 秘匿性: 手続は一般に公開されず、陪審員や検察官には厳格な守秘義務が課されます。
  • 非対審構造: 検察官が一方的に証拠を提出し、手続を主導します。被告人や弁護人が出席したり、証人を反対尋問したりする権利はありません。
  • 緩やかな証拠法則: 伝聞証拠や違法収集証拠も、大陪審では考慮されることがあります。

大陪審の役割は、予備審問と同様に、検察官が提示した証拠に基づき、犯罪が行われたと信じるに足る「相当な理由」があるかを判断することです。相当な理由があると判断すれば、大陪審は「起訴状(true bill)」を発付し、被告人は正式に起訴されます。理由がないと判断すれば、「不起訴(no bill)」の決定を下します。

(2) 大陪審審査への批判

その非対審的・秘匿的な性質から、大陪審による起訴審査は、検察官の言いなりになりがちな「ゴム印(rubber stamp)」に過ぎないと長年批判されてきました。検察官は、被告人に有利な証拠(無罪証拠)を大陪審に提示する義務を負わない場合が多く、提出する証拠を完全にコントロールできるため、起訴状を得ることは比較的容易であるとされます。しかし、擁護論者は、大陪審が市民の常識を司法プロセスに反映させ、時に検察官の権力に対する重要なチェック機能として働くこともあると主張します。

4. 訴追文書(Pleadings)

予備審問または大陪審の審査を経て、訴追が正式に確定すると、その内容は起訴状に記載されます。この文書は、公判手続の基礎となる極めて重要な法的文書であり、以下の機能を果たします。

  1. 告知機能: 被告人に対し、いかなる犯罪で訴追されているのか、その具体的な内容を知らせます。
  2. 防御準備の補助: 告知された事実に基づき、被告人が防御の準備を整えることを可能にします。
  3. 二重の危険からの保護: 判決が確定した後、被告人が同じ犯罪で再び訴追されることを防ぐための、明確な記録となります。
  4. 司法審査の基盤: 裁判所が、訴追された行為が法的に犯罪を構成するかを判断するための基礎を提供します。

このため、訴追文書は、犯罪の全ての構成要件を記載し、被告人が防御の準備をするのに十分な事実を特定していなければなりません。訴追文書に不備がある場合、弁護側は公判前にその棄却を求める申立てを行うことができます。