アメリカの連邦倒産法は、経済恐慌への対応、債務者救済と債権者保護という2つの理念間の揺れ動き、連邦と州の権限を巡る絶え間ない緊張関係の中で形作られてきました。今日の条文は、過去の経済危機、社会思想の変化、利害関係者間の政治的力学が積み重なった上に存在します。
合衆国憲法と連邦倒産法の根源
アメリカにおける倒産法の根源は、合衆国憲法そのものに遡ります。憲法1条8節4項は、「連邦議会は…合衆国全土に適用される統一的な破産に関する法律(uniform Laws on the subject of Bankruptcies)を制定する権限を有する」と規定しています。これは、建国者らが、州ごとに異なる債務処理法が引き起こす混乱を避け、州境を越えた商取引の安定性を確保するためには、全国的に統一されたルールが不可欠であると認識していたことを示しています。
しかし、この憲法上の規定にもかかわらず、連邦議会が確固とした倒産法を制定するまでには、長い時間を要しました。19世紀を通じて、連邦倒産法は制定と廃止を繰り返す不安定な歴史を辿ります。1800年、1841年、1867年にそれぞれ連邦倒産法が制定されましたが、いずれも特定の経済恐慌への対応を主目的としており、危機が去ると「州の権限への過度な干渉である」といった批判や、債権者又は債務者のどちらか一方に偏りすぎているとの不満から、数年で廃止されてしまいました。この時代、債務者の扱いは極めて過酷であり、債務不履行はしばしば「監獄(debtors’ prison)」への収監を意味しました。安定的な連邦倒産制度が存在しないことで、経済の周期的変動のたびに深刻な社会的・経済的混乱が引き起こされていました。
1978年連邦倒産法大改正(現行法の成立)
1世紀近くにわたる試行錯誤の末、ようやく安定的な法律として定着したのが1898年の連邦倒産法(Bankruptcy Act of 1898)でした。この法律は、1938年のチャンドラー法(Chandler Act)による大幅な改正を経て、その後数十年にわたりアメリカの倒産事件を規律する基本法であり続けました。
しかし、第二次世界大戦後のアメリカ経済の飛躍的な発展と複雑化、特に消費者信用の爆発的な拡大と企業形態の多様化は、19世紀末の思想を色濃く残すこの古い法律の限界を次第に露呈させていきました。
特に、事業再生(Reorganization)に関する規定は、手続が複数の章(第X章、第XI章、第XII章)に分かれ、硬直的で使い勝手が悪く、現代的な企業の複雑な財務構造に対応しきれなくなっていました。また、倒産事件を審理する「referee in bankruptcy」の地位が低く、行政的機能と司法的機能が未分化であったため、手続の効率性や公平性に疑問が投げかけられていました。
このような状況を背景に、1970年代に入ると、倒産法制の全面的な見直しを求める声が急速に高まります。連邦議会は専門委員会を設置し、数年間にわたる徹底的な調査と審議を行いました。その集大成として、1978年に歴史的な「連邦倒産法改正法(Bankruptcy Reform Act of 1978)」が成立し、翌1979年10月1日に施行されました。これが、今日「連邦倒産法典(Bankruptcy Code)」として知られる現行法となります。
この1978年法改正は、単なる部分的な修正ではなく、従前の法律を完全に置き換える抜本的な改革でした。その主な特徴は以下の通りです。
- 手続の統合と近代化: 最も大きな功績の1つが、複雑に分かれていた事業再生手続を、柔軟で強力な権限を持つ単一の「Chapter 11」に統合したことです。これにより、大企業から中小企業まで、あらゆる規模の事業者が、事業を継続しながら再建を目指すための実用的な法的ツールを手に入れました。
- 「フレッシュスタート」理念の強化: 個人債務者については、免除(Exemption)される財産の範囲を拡大するなど、序論で述べた「フレッシュスタート」の理念がより明確かつ強力に打ち出されました。
- 倒産裁判所の地位向上:「referee in bankruptcy」に代わり、連邦地方裁判所に属する専門部としての「倒産裁判所(Bankruptcy Court)」が創設され、裁判官(Bankruptcy Judge)の地位と権限が大幅に強化されました。これにより、倒産事件における司法判断の専門性と独立性が確保されました。
- 連邦管財官(U.S. Trustee)制度の導入: 裁判官が担っていた管財人の選任・監督といった行政的・監督的機能を、司法省に属する連邦管財官に移管しました。この司法機能と行政機能の分離は、裁判官が中立的な立場から法的紛争の解決に専念することを可能にし、手続の公正性を高める画期的な改革でした。
この1978年法改正によって、アメリカの倒産法制は、現代の複雑な経済社会のニーズに対応可能な、近代的で体系的な法制度へと生まれ変わりました。現行の連邦倒産法典は、その後の改正を経ているものの、その基本的な構造と理念は、この1978年の大改革によって築かれたものです。
2005年改正(BAPCPA:破産濫用防止・消費者保護法)とその影響
1978年法の下で、特に個人の破産申立ては増加の一途を辿りました。これに対し、クレジットカード業界や金融機関を中心に、「安易な破産申立てによって債務を踏み倒す、支払能力のある債務者が存在する」という批判が高まっていきました。このような債権者側のロビー活動が実を結び、長年の議論の末に成立したのが、「2005年の破産濫用防止及び消費者保護法(Bankruptcy Abuse Prevention and Consumer Protection Act of 2005、通称BAPCPA)」です。
その名称とは裏腹に、BAPCPAは主に債務者にとって手続をより厳格化する、債権者寄りの改正でした。その最も象徴的なものが、個人債務者が清算型であるChapter 7を利用するための「Means Test」です。これは、債務者の収入が州の世帯収入の中央値を上回る場合、一定の計算式に基づき、将来の収入から債務の一部を返済する能力があるかを判定する仕組みです。返済能力ありと判断された場合、原則としてChapter 7の申立ては「濫用(abuse)」と推定され、債務者は返済計画を立てる再生型のChapter 13の利用を余儀なくされます。
その他にも、BAPCPAは、申立前の信用カウンセリングと申立後の債務者教育の受講を義務化し、弁護士の責任を重くするなど、債務者が破産による救済を得るためのハードルを全体的に引き上げました。この改正は、1978年法が強化した「フレッシュスタート」の理念を後退させるものとして、消費者団体や多くの法律家から強い批判を浴びました。
近年の動向(中小企業再建法など)
BAPCPA以降も、アメリカ倒産法は経済社会の変化に対応するために変わり続けています。近年の最も重要な改正が、「2019年の中小企業再建法(Small Business Reorganization Act of 2019、通称SBRA)」です。
従来のChapter 11は、大企業の再生には有効であったものの、その手続の複雑さと費用の高さから、多くの中小企業にとっては利用しにくいという問題がありました。SBRAは、この問題を解決するため、Chapter 11の中に新たに「Subchapter V」と呼ばれる、中小企業に特化した、より迅速かつ低コストな再建手続を創設しました。Subchapter Vでは、手続を監督し当事者間の合意形成を促す専門の管財人が選任される一方、債権者委員会の設置は原則不要とされます。また、再建計画の認可要件が緩和されており、特に事業主が事業の所有権を維持しながら再建を進めることを容易にしています。この改正は、アメリカ経済の屋台骨である中小企業の再起を支援するものとして、高く評価されています。
さらに、現代の倒産実務は、大量の不法行為請求(Mass Tort)が問題となるアスベスト関連企業の倒産や、資産の性質や所在の特定が困難な暗号資産(Crypto Assets)関連企業の倒産など、新たな挑戦に直面しています。これらの現代的な課題に対し、裁判所と実務家は、既存の法制度を解釈・適用しながら対応を模索しており、今後の立法や判例の動向が注視されています。